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あらゆる人工物にエネルギーとスピリッツを吹き込む全樹脂電池

APB株式会社 代表取締役 堀江英明

あらゆる人工物にエネルギーとスピリッツを吹き込む全樹脂電池

2019.11.08

慶應義塾大学 特任教授 APB株式会社 代表取締役
堀江 英明〈ほりえ ひであき〉 Hideaki Horie

1957年広島県生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学修士修了工学博士。1985年日産自動車株式会社に入社し、排気浄化触媒や電気自動車用高性能電源システムの研究開発に携わる。2007年東京大学人工物工学研究センター准教授、2011年東京大学生産技術研究所特任教授。2015年慶應義塾大学政策・メディア研究科特任教授。2012年から三洋化成工業㈱と共同で新型LiBの開発を進める。2018年新型LiBの実用化を目指すAPB株式会社を設立(APBはAll Polymer Batteryの略)。2019年APB㈱と三洋化成工業㈱は資本業務提携を結んだ。

 

 

写真=本間伸彦

スマートフォンやノートパソコンなど、さまざまな電子機器に欠かせないのがリチウムイオン電池。1990年代から普及し始め、いまや全世界で使われています。今後もさらなる発展が期待され、いま次世代電池の開発が活発になっています。そんななか新たなリチウムイオン電池として開発されたのが、全ての部品を樹脂化し、金属を使わない全樹脂電池。開発者である堀江英明さんに、全樹脂電池開発のきっかけや全樹脂電池が変える未来の社会について、お話いただきました。

全樹脂電池は電池の歴史の最終形

-- スマートフォンなどに使われるリチウムイオン電池(以下LiB)は、今後さまざまな分野での活躍が期待されています。繰り返し充電できる便利さが特徴ですが、発熱や発火などの危険もあると聞きます。なぜそのようなことが起こるのですか。

LiBは従来の電池の約10倍という非常に大きなエネルギーを持っています。電池は短絡(ショート)すると、中に入っている金属の集電体に非常に大きな電流が一気に流れ、高温になります。LiB以外の電池なら80℃ほどですが、LiBのような高エネルー電池の場合、500℃以上の高温になることもあります。

一部で報道されている発熱や発火などは、例えば、荷物の中でモバイルバッテリーに対する衝撃や圧迫が加えられることにより短絡が起こり、発火・やけどをするなどの事故につながっていると考えられます。

-- 小さな電池が大きなエネルギーを持っているというのは素晴らしいことですが、その分、危険な事故も起こりやすいのですね。LiBは、このままではいけないということですか。

はい。世の中に大量に流通した電池が年々劣化すれば、事故も起こりやすくなります。そもそも電池の中には、正極・負極の金属部材があり、セパレーターで分けられています。高エネルギーを内包する電池では、この2つの金属が何らかの形で接触してしまう可能性はゼロではありません。その時に金属であれば、大きな電流が流れます。電池の構造や製造工程を改良するにも限界がありますし、使用中に圧迫や衝撃を受けることもあります。LiBは、根本的に変える必要があります。

-- どうしたらLiBの事故を防げるのでしょうか。

そこで私たちが開発したのが、全樹脂電池です。金属部材を抵抗の大きい樹脂に変更したため、短絡などによって電気の通り道ができても、一気に電流が流れることはありません。たとえ釘を刺しても、急に高温にならないのです。

-- 少々雑に扱ったとしても、大事故にならないんですね。電池としてのパワーは落ちないんですか。

バイポーラ構造を採用することで、電池としてのパワーを落とすことなく、容量をさらに拡大することができました。バイポーラとは2つの極という意味で、これにより電気の通り道が非常に広くなりました。例えると、広い体育館に大勢の人がいると思ってください。これまでは小さなドアと細い通路を通って、大勢が押し合いへし合いしながら外に出ていたのが、体育館の壁面が全て開放され、全員一気に外に出られるようになったようなものです。移動距離も短くなるので、抵抗の大きな樹脂でもしっかり電流が流れます。金属部品の樹脂化とバイポーラ構造を取り入れた全樹脂電池は、性能の高さと異常時の信頼性を両立した、高性能電池の歴史の最終形といえると思います。

--  これまでの電池のあり方を変えた、画期的な電池なのですね。その全樹脂電池を実際に作るために、三洋化成の技術力が必要だったということでしょうか。

そうです。化学には無限の組み合わせがあり、新たな材料を目的に合わせて作り上げるには、合成する力や設計する力が重要です。三洋化成の力を借りなければ、全樹脂電池を完成させることはできませんでした。

 

全樹脂電池の蓄電池シート。従来は不可能だったシート状などにも展開が可能(手前は比較のためのスマートフォン)

 

世界の法則を知り社会を変革したい

--  学生時代から電池の研究をされていたのですか。

大学では船舶工学科で、流体力学を学びました。水をかき分けて抵抗を小さくし、いかに船を速く進ませるかという学問です。船が進む時、変化点が特に大きな船の先頭と後ろに大きな波ができます。しかし、船の長さや波の波長などさまざまな条件が重なると、理論上、先頭と後部の波が重なって打ち消し合い、抵抗がとても小さくなるんです。

-- そうすると、波がなくなって、船が速く進むということですか?

そうです。そんなことは現実にはあり得ないと思うでしょう? でも実際に、前と後ろの波がぴったり重なって打ち消し合うと、波が非常に小さくなって、船のスピードが増すんですよ。物理法則が当てはまれば現実にもその現象が起こる、これが物理の面白さです。ある法則が間違いないと確かめられたら、その通りの現象が、地球上のどこにいても、何百年前でも何百年後でも、同じように起こるんです。

-- 理論を聞くと納得できますが、船が進んでいるのに波がないという状況を実際に見たら、信じられないと思います。物理学は、机上で完結する学問ではないのですね。

物理法則の面白さを知り、せっかく生まれてきたこの世界がどんな形で構成されているのか、知りたいという気持ちが強くなりました。そこで大学院では理学部に移り、素粒子の研究に携わりました。

--  船舶工学とは全く違う分野ですね。

はい。卒業後は、大きなシステムを作っていければいいなと思い、自動車会社に入社しました。当時、一般的に自動車は、排気ガスをまき散らす社会悪の代表のようにいわれていました。環境規制も厳しくなり、自動車会社にとっては、触媒の性能を上げて排気ガスの量を下げることが急務でした。その触媒の研究開発を担当したんです。膨大な元素の組み合わせを試し、化学変化で触媒の性質を変える研究開発を5年間行ったことで、化学工学をみっちり勉強することができました。

--  大学では物理を専攻されていたのに、化学の研究をされることになって、ご苦労もあったのではないでしょうか。

そうですね。化学を勉強したことがなかったので、開発メンバーが話している言葉がわからず、最初は戸惑いました。たくさんの物質名や化学記号を覚え、研究者がよく使う文法を学んでいくうちに、研究がしやすくなっていきました。化学の研究者は、専門分野の材料の研究を深めていく方が多いですが、物理の知識はさまざまな分野で必要とされるので、物理の研究者は根無し草なんです。そのつど、いろいろなことを学ぶことができますよ。

-- なるほど。その後、電気自動車の開発に携わられるのですね。

はい。1990年頃から電気自動車の電池の開発を担当しました。電池の研究は初めてでしたが、触媒の知識を活かし、誰もやったことのない研究を一から組み立て、考えたことを次々実現するのは楽しかったですね。他の電気自動車と同じでは面白くないと考え、12分で約80%充電できる超急速充電と、電池の冷却システムを新しく開発しました。モーターショーの企画や、雑誌やテレビに取り上げられる際のマスコミ対応なども私が担当したんですよ。

 

 

人類が希求した電気を貯める方法

--  それまでのご研究が、すべて有機的に電池につながっているのですね。それから約30年、続けて高性能電池の開発に取り組まれているのはなぜですか。

数十年後の日本の産業において、電池は非常に重要だからです。当時の日本の二大輸出産業であった電気製品と自動車は、時代の変化に対応して融合し、ロボットも進化して、人々を支えていくだろうと考えました。電気で駆動する自動車やロボットには、電気をたくさん貯められる高性能電池が必須です。また、電気自動車は従来の車と違い、エネルギーを共有することもできます。現代では、情報は電子系でやり取りされています。情報と電気がともに電子を介してひもづけられることで、情報とエネルギーが融合し、エネルギーのネットワーク化が実現できるのです。

-- 電気をたくさん貯めることができれば、産業の形が大きく変わるのですね。

歴史を振り返っても、いろいろな方が高性能な電池を作ろうと試行錯誤してきました。電池の研究開発が始まったのは19世紀末。エジソンが電球を開発した同じ頃に、電池の必要性が高まったのです。エジソンの発明したニッケル鉄電池は、ビジネス用途としては寿命がとても短かったのですが、その後登場したニッケルカドミウム電池は、1970年代頃に日本でも普及し、ニッカド電池と呼ばれました。アメリカで自動車メーカーを興したフォードも、電気自動車を作るのが夢だったそうですよ。ウォークマンを生み出したソニーの、創業者の一人である盛田昭夫さんや、パナソニックの松下幸之助さんなどの発明家も、電気を貯める仕組みの重要性に気付いていたようで、電池に大変興味を持っていたといいます。そして1990年、ついにソニーがLiBの実用化を発表しました。

-- なるほど。電気製品は必ず、コードか電池で電気を供給する必要がありますから、できるだけ小さくてパワーのある電池が求められるのは必然だったのですね。

その通りです。現在の社会は、金属を使った電池に合わせた形に発展しましたが、もし100年前に今回の全樹脂電池が開発されていたら、社会の形は全く変わっていたと思います。

--  全樹脂電池の開発はどのように始まったのですか。

今後の社会でさまざまな人工物が人間と共生していくことを考え、次世代の産業の基盤となる定置用蓄電池を開発したいと思い、2007年から東京大学の人工物工学研究センターに所属しました。電池の材料を全てポリマーにして、バイポーラ構造を採用するという構想も、この頃に生まれました。

-- これまで必ず金属が使われてきた電池を、樹脂製にするという新しい発想は、どのようにして生まれたのですか。

人間は誰でも、自分で決めた考え方の枠組みで物事を見ようとしてしまう癖があると思います。私はこのマインドセットを外そうと、いつも努力してきました。これまでの常識にとらわれず、考えたのが良かったのかもしれません。

--  三洋化成との出会いは、いつ頃だったのでしょうか。

2011年頃、講演をきっかけに、三洋化成の方々に出会うことができました。その時ご紹介いただいたのが、カラーレーザープリンターのトナー材料に使われている技術でした。6〜7ミクロンのポリマーの微粒子を作る技術力があれば、電池の活物質の表面をポリマーで覆うことができると確信しました。その翌年から、三洋化成と共同で全樹脂電池の開発に着手することになったのです。

 

さまざまなセル形状・サイズに作成が可能

 

力を合わせて困難を乗り越える

--  全樹脂電池の完成までには、どんなご苦労があったのでしょうか。

全樹脂電池は、正極と負極の間にある活物質をポリマーで覆い、集電体も樹脂化して、電子もイオンも流れるようにする必要があります。このポリマーには、イオンと電子の伝導性、接合性、弾性、耐電圧性などを付与し、さらに薄く均一なゲル状にしなければなりません。これまでに存在しないそのような材料を、目的に合わせて新たに作り上げるには、膨大な有機合成の組み合わせを試す必要があります。最初の打ち合わせで、新技術・プロセス開拓研究部(当時)の進藤部長と「エジソンは5000種類の材料を試していますね。少なくとも2000種類は試作しないと、絶対完成しないですね」と話したことを覚えています。目標は一週間に30種類でしたが、三洋化成の技術者の皆さんは、試作装置も自作され、スピード優先で効率的に50種類くらいずつ試作してくださり、約一年半でほぼ今の形の全樹脂電池が完成しました。一から作成した樹脂集電体のほかにも、正極・負極、合計三つの電池の主要な成分を全て新規開発することに成功。三洋化成の技術力は本当にすごいと思います。

--  堀江先生のこれまでの知見と、三洋化成の企業としての歴史と研究開発力・ニーシーズ指向が組み合わさって、全樹脂電池が実現したのですね。

全樹脂電池は現在、社外からも「究極の電池」と認められつつあり、海外の大手メーカーからも問い合わせをいただいています。

 

世界を変える発明を京都から

-- 全樹脂電池の今後の展望をお聞かせください。

今後は定置用蓄電池の開発に取り組んでいきます。これまでは、大量に電気を貯める方法がなく、化石燃料を燃やしてエネルギーを発生させ、その瞬間に使い、余ったら熱として捨てていました。しかも化石燃料は地球上の一部に偏って存在していて、掘り出すのにも莫大な資本を必要とし、富の偏在も引き起こしています。しかし、電気を大量に貯められる社会が来れば、エネルギーをネットワーク化し、世界中の人々が豊かな生活を送ることが可能になるんです。

-- それはすごいですね。

太陽光は、基本的に地球上のほぼすべてに降り注ぎ、1平方メートルで1キロワット、つまり1平方キロメートルでは100万キロワットと、ほぼ原発1基分のパワーを持っています。このエネルギーをネットワークで管理し、余ったところから足りないところに供給して無駄なく利用すれば、世界の国と地域で必要なエネルギーをまかなえると考えています。20世紀末には、ほとんどの情報が電子を介してやり取りされるようになり、同時に、社会における電子ネットワークの信頼性が高まりました。すでに、ドローンを飛ばしたり電気自動車を走らせたりと、情報が現実を動かす時代になってきています。これからは情報とエネルギーを一体化させて電池に蓄え、電子を介して一体として動かせるようになる、人類史上初めての社会が実現すると思います。

-- 先進国や産油国だけでなく、世界中の人たちの生活文化が向上するのですね。

また、全樹脂電池はあらゆる形状に変化させることができます。小さく薄くしてロボットの足や腕に分散して配置したり、車いすのフレームや飛行機の外郭と一体化させたりと、物自体を電池化することが可能です。積み上げるだけで直列接続ができるので、接続するための部品の点数が減り、システム全体も小型化できます。また、安全性や生産性、コストなどの点でも、これ以上のものはありません。バイポーラ構造は、電池の構造として一番シンプルだといわれています。

-- 全樹脂電池によってロボットの可能性も広がりそうです。定置型の全樹脂電池を、私たちが実際に利用できるのはいつ頃でしょうか。

2年後には工場や製造装置を完成させ、大量生産・商品化のフェーズに移行する計画です。エジソンは電球を発明した時、フィラメントに京都の桂の竹を使ったそうです。エジソンが実現できなかった未来の電池を、桂で生み出すことができたことに、深い因縁を感じます。

--  世界に必要とされる全樹脂電池が、京都から生まれたのですね。本日は、ありがとうございました。

 

と き:2019年8月2日
ところ:東京・日本橋の当社東京支社にて

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