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伏見で見付けた京の足跡

三洋化成ニュース No.519号

伏見で見付けた京の足跡

2020.03.13

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伏見桃山駅から徒歩5分ほどの場所にある御香宮神社

 

京都市の南部に位置する、幕末情緒が今も残る伏見周辺を歩いています。久しぶりに伏見に来たのには理由があります。私は来日して3年後の23歳で結婚しました。つまり夫婦でともに47年も過ごしてきたことになります。その妻が、小学校3年生から中学校を卒業するまで伏見に住んでいたのですが、これまで妻から聞いたいろいろな思い出話をふと思い出し、足を伏見に向けることにしました。

京阪電車の伏見桃山駅から大手筋商店街を東に向かって歩くと、まず大きな赤い鳥居が目に飛び込みます。これは御香宮神社の鳥居です。鳥居をくぐって100メートルほど歩くと御香宮神社の表門に来ます。読み方は、「ごこうのみや」。また、御香宮さんとして親しまれています。ここも妻の思い出の場所です。毎年秋になると「御香宮神幸祭」という大祭が9日間にわたって行われます。別名「伏見祭」「花傘祭」とも呼ばれており、伏見地区では最大のお祭りで、妻にとって子どもの頃の楽しい思い出がいっぱいあるそうです。

表門の前で一回お辞儀をして門をくぐり、石畳の参道を歩いて本殿に向かいます。御香宮さんは、きれいな水が特に有名で、その名の起源となった水は「伏見七名水」の一つとしてよく知られています。また「昔、瀕死の猿曳きに、猿がこの水を飲ませるとたちまち元気になった」という逸話があります。現在でも霊水として、病気平癒、茶道、書道用に持ち帰る人が多く、この日も容器持参でくみに来る人が後を絶ちませんでした。

皆さん、水占いはご存じでしょうか? 水占いとは、「神功皇后が三韓征伐の折に鮎を釣り上げて連勝を占ったという故事」にちなんだ占いで、用紙を水に浮かべると文字が現れます。ん〜、「吉」でした。「今は静かに運気の好転を待て」、願い事は「他人に惑わされず進めば叶う」と書かれていました。では占いを信じて、まっすぐ進んでみると、御香宮さんの北門から出ることができました。

すると、目の前の電柱に書かれていた町名に目が留まりました。「羽柴」と書いてありました。そしてなんと公園には、「羽柴長吉中公園」という表記があり、さらにもう少し住宅街を歩いてみると、今度は桃山毛利長門東町と出てきました。気になって調べてみると、ご存じの方も多いかもしれませんが、豊臣秀吉が伏見城を造った時代に、城下町に住んでいた大名たちの名前が、そのまま町名として残ったものでした。例えば、先ほどの桃山毛利長門東町は、長州藩の初代藩主、毛利長門守秀就(1595〜1651)にちなんだ町名で、隣の羽柴長吉中町という町名は、池田長吉(1570〜1614)という、豊臣秀吉の養子となり、羽柴長吉として歴史書に名を残す人物に由来するのだそうです。歩いてみると、大名に由来を持つ名前をたくさん見付けることができるので楽しいですね。

蓬莱橋

ほかにも、町名ではないですが「竜馬通り商店街」という商店街もあり、「へー!? 坂本龍馬は町名ではなくて、通りの名前になってるんやな」なんて発見もありました。竜馬通りにある蓬莱橋という橋の上に立って美しい運河を眺めながらふと思い出しました。実は、「僕の名前も通りの名前になっています」。もちろん日本ではなくアメリカですが。South Dakota 州Rapid City市をGoogle Map で見てください。Berglund Road(バーグランドロード)が見つかりますから。これは正真正銘、父親が建てた家がその周辺に建てられた最初の家だったので、道ができた時に市が「バーグランドロード」と名付けてくれました。「ほんまやで!」

京都に「バーグランドロード」は残せなくとも、これからも妻と二人で、しっかりと京都に「バーグランド家の足跡」を残していきたいと思います。

 

〈ジェフ・バーグランド〉
京都外国語大学国際貢献学部グローバル観光学科教授。専門は異文化コミュニケーション。アメリカ・サウスダコタ州生まれ。江戸時代後期に建てられた京町家に暮らし、執筆・講演・メディア出演多数。2014年京都国際観光大使に就任。KBS京都の『JEFF@KYOTO おもてなし京都観光』は、YouTubeでも配信されている。

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