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伝える時はいつも真剣勝負

会議通訳者 長井 鞠子

伝える時はいつも真剣勝負

2015.11.06

会議通訳者 長井 鞠子〈ながい まりこ〉

1943年宮城県生まれ。国際基督教大学卒。

学生時代にアルバイトで東京オリンピックの通訳を経験し、1967年サイマル・インターナショナルの通訳者となる。日本における会議通訳者の草分け的存在として、先進国首脳会議をはじめ数々の国際会議やシンポジウムの同時通訳を担当。著書に『伝える極意』。

 

写真=本間伸彦

異なる言語を話す人たちの間に立ち、会話・コミュニケーションをサポートする通訳者。先進国首脳会議(サミット)をはじめ数多くの国際会議やオリンピック招致の通訳を担当され、今なお第一線で活躍されている長井鞠子さんに、同時通訳とは何か、伝えるために何が必要かについて伺いました。

同時通訳は言葉の格闘技

-- まず同時通訳とはどんなお仕事なのですか。通訳の世界は範囲が広く、ビジネスに関するものもあれば、オリンピックやサミットなど国際的なイベントや首脳外交の場に関わられることもあるようですね。

私は学生時代にアルバイトで東京オリンピックの通訳をして以来、長く同時通訳の仕事に携わってきました。そのなかには、サミットのような国際会議もありましたし、中小企業の海外交渉もありました。政治・経済だけでなく、文化、芸能、スポーツなどあらゆる分野の通訳を担当してきました。

 

-- 私の印象では、同時通訳者の方は女性が多いように思うのですが。

同時通訳者の9割ぐらいが女性です。海外でも日本でも傾向は同じですね。日本に関していえば、男性は官庁や大企業に入って、天下国家を動かすような職に就きたいという気持ちが強いのではないでしょうか。一方、女性は相手の気持ちを察したり、人と人をつなぐのが得意です。通訳は脇役であり、黒子に徹する職人芸的な仕事なので、女性向きなのではないかと思っています。女性はおしゃべりも好きですしね。

 

-- 同時通訳の仕事で大事なことは何でしょうか。

短い時間で的確に伝えることです。そのためには、聞いたことをそのまま訳すのではなく、言葉をエコノマイズ(節約)しないといけないんです。単にしゃべることが好きなだけでは通訳はできません。上級者になると言葉数をうんと収れんさせて、そこからミソだけをすくい出して伝えていく。経験の浅い新人の頃は、聞いたことを全部訳さないと不安になり、言葉数が多くなりがちです。

 

-- 言葉数が多いと、内容が把握しづらいということですか。

そうです。発言者の言葉を聞いて、理解し、分析し、翻訳して言葉に出す時にダラダラしていてはダメなんです。だからいつも真剣勝負。同時通訳が言葉の格闘技といわれるゆえんですね。言葉が来た時に逡巡しゅんじゅんしている暇はないんです。そして出したものは自分でチェックする。例えば1千万ドルと言わなければいけないのに1千ドルと言ってやしないかとか。それをしながら、この五つのことを全部素早くやらなければならないのです。

 

-- そのなかで分析というのはどんなことをされるのですか。

先端科学のようにテーマが難解であまり分析する余裕がない場合でも、話の背景は何か、どの段階の話をしているのかぐらいの分析は必要です。ましてやマクロ経済や世の中の出来事がテーマであれば、この人はなぜこういうことを言っているのか、この話は先ほどの話とどう関係しているのか、この人が言っていることと私が調べた情報が違っているのはなぜか、といったことを常に分析しながら聞いていないとダメなんです。いつもできているわけではないのですが、私はそれを目指してやっています。何しろアナログ人間なので、頭の中に歯車がたくさん重なっていて、いろんな歯車が同時にあっちに回転、こっちに回転しているような感覚がある時がありますね。

 

日本記者クラブにて記者会見通訳(2012)

 

話す人に乗り移り喜怒哀楽も伝える

-- 非常に集中力を要するお仕事だと思うのですが、国際会議で同時通訳をされる場合、何分ぐらいで交替されるのですか。

私の実感では集中力が続く時間は20分、長くて30分だと思っています。私たちのように一言一句漏らさず聞く時には20分通訳したら必ず交替します。内容が難しかったり、早口だったりするともっと短い時もあります。長い会議では3人がチームを組んで回していくんです。

 

-- 私はアナウンサーとして素晴らしいナレーションの原稿をもらった時は声に出すのがうれしくなるんです。それと同じで通訳の方も素晴らしいスピーカーのお話を伝える時はやりがいを感じられるのではないでしょうか。

私たちの仕事はどんな人の発言も伝えなければいけません。例えば「世の中すべて銭でっせ、ガハハ」みたいなおじさんが出てくるような通訳だってしなきゃいけない。嫌っているような態度で訳すわけにはいかないのです。そういうこともあるなかでいい仕事をされていて、人格的にも素晴らしく、しゃべり方もすごく効果的、というような三位一体そろった方がいらっしゃると、乗り移ってしまいますね(笑)。
通訳にも2種類あって、聞こえたことやデータは漏らさず淡々と訳していく無機質型と、その人に乗り移ってしまって喜怒哀楽も同化する憑依型があります。私は後者。お客様によっては情報だけ入ってくればいいという方もいらっしゃいますので、私の通訳が邪魔になるかもしれません。常にそういうリスクを覚悟してうまくできたかどうか反省しながらやっているのですが、言葉は人間の営みの表れですから、その人が精魂込めて話していることは、精魂込めて伝えてあげたいと思っています。
いいスピーチというのは書いたものをそのまま読むのではなく、ご自身で考えた言葉を自然に発していらっしゃるものだと思います。それがビンビン響いてくるような時に通訳としてそばにいたり、ブースでそれを訳していたりすると、やはりうれしいですね。伝えたいと思うし、それがうまく伝えられたかどうかは定かではないのですが、うなずいて聞いている方がいらっしゃったりすると、良かったなと思うのです。

 

 

伝える極意はパッションにあり

-- 通訳をされるにあたり、そういう話し手の思いまで伝えようとされているところに感銘を受けました。普段の生活のなかでもプレゼンをしたり、人前で話す機会はあります。思いを伝えるという点では共通しているように思うのですが、長井さんが考えていらっしゃる伝える極意とは何でしょうか。

私は特別にコミュニケーションの方法を勉強したわけではないのですが、通訳としてさまざまなスピーチやプレゼンテーションの場に立ち会っているうちに、伝わるものと伝わらないものの違いはあると思うようになりました。伝える時に必要なことはコンテンツとスキルとパッションですね。
まず、何が言いたいかコンテンツ(内容)を固めます。コンテンツはたくさん言いたいことがあっても、三つに絞る。「マジックナンバー3」とよく言われますが、人間の理解というのは三つに収れんするとわかりやすいといわれていますね。その三つの中にも強弱をつける。一番強調したいことを最後に持ってくるというように。
次はスキルを使う。スキルには声の高低や言葉の選び方、話の持っていき方などいろいろあります。イントロ、背景、中身、反対意見、結論というふうに組み立てをしっかりすることも大事ですね。その後は練習です。一度も練習しないでうまくいくはずがない。2020年東京オリンピック招致のプレゼンでも何回練習したことか。
それと、スキルアップの方法として語彙力を上げることも大事です。難しい言葉でなくていいので、ピタッとくる言葉で言う。これはいくら考えてもないものは出てきません。普段から語彙を増やすことが大事です。そのためには読書をするのが一番良いと思います。なぜか映像よりも文字から入る言葉の方が身に付くような気がしますね。
そして一番大切なのがパッション。これは中身と連動しますが、本当に伝えたいことでなければパッションは伝わらないし、パッションがなければ伝えたいことも伝わらない。強い思いがあってこそプレゼンやスピーチが成功するのだと思います。

 

-- オリンピック招致のお話が出ましたが、2020年の招致が成功したのは2016年の招致と何が違っていたからなのでしょうか。

私は2回とも通訳として関わりましたが、2016年があったから2020年があるという積み重ね、経験値が結果につながった、というのが招致に関わった皆さんの結論ですね。2016年の時もすごくいいプレゼンだったと思うのですが、「南米でやったことがない」というリオ側のメッセージに対抗するだけのパッションが不足していたんですね。IOCの方からも「東京はちゃんとやれるのはわかっている、やりたがっているのもわかっている。でもなぜ東京でやらなければならないのか、そのパッションが感じられなかった」とよく言われました。2016年と2020年の招致活動でやったことはあまり違わない。けれどパッションが違っていたということです。何人ものIOCの方から「日本人がこんなにパッションにあふれたプレゼンができる国民性を持っているとは、びっくりした」と言われました。全体として、チームとしてのパッションは非常に大きかったと思います。

 

-- ほかに今回の招致活動で工夫されたのはどんなことでしょうか。

プレゼンの後の質疑応答で、単刀直入に答えることをコーチングされました。プレゼンには台本があるけれど、質疑応答にはないですからね。問答集のようなものはありましたが、時間は15分と限られていますから、できるかできないか、あるかないか、それだけを簡潔に答えることが必要でした。
オリンピック招致活動の練習の一つに、メディアトレーニングというのがあります。そのなかで記者会見や問答においては、自分が言いたいこと、肝になるメッセージを決める。そして何を聞かれてもそれしか答えない。例えば、東京オリンピックの場合は「イノベーション」「セレブレーション」「デリバリー」の三つだと。要するに技術革新に満ちた、祝祭の雰囲気にする。そのためにやると言ったことは実行する。何を聞かれてもこの三つに結び付けなさいという訓練がありました。これらは企業の皆さんにも役立つ方法かもしれませんね。

 

首脳の話を世界の人に伝える

-- 来年は日本をホスト国にした伊勢志摩サミットが開催されますね。ここでも同時通訳の方々が重要な役割を果たされると思うのですが、サミットのような会議では何人くらい必要なのでしょうか。

一つの会議に一つの言語で大体3人。その言語数かける人数が必要です。サミットのような国際会議では主催国の言語がキーになるのですが、日本語は特殊な言語ですから、いったん日本語を英語に通訳してから、それをキーにしてフランス語やドイツ語などの言語に訳す「リレー通訳」という方法で行います。

 

-- サミットの面白さ、あるいは難しさはどんなところですか。

難しさの方から言いますと、やはり緊張感ですね。世界の先進国のリーダーたちがここで議論をするんだと思うと、身が引き締まりますし緊張します。間違えたらどうしようと不安になり、手の平に汗がにじんでくる。一方の面白さは、世界が動いている瞬間を目の前で感じ取れることですね。幻想かもしれませんが、一瞬そんな気持ちになるのがサミットの面白さです。ロンドンサミットの特別セッションで、当時のソ連のゴルバチョフ大統領がイギリスのサッチャー首相に導かれて会場に入ってきたのを見た時は、冷戦が終わったことを実感しました。そうした歴史が動いた瞬間に立ち会えるのは通訳冥利に尽きますね。

 

-- 今までの首脳で印象に残っていらっしゃる方はどなたですか。

旧西ドイツのシュミット首相は英語圏以外の首脳の中でも英語がお上手でしたね。フランスのミッテラン大統領のスピーチは豊かな教養とフランス人らしいウイットにあふれていました。日本の首脳では、中曽根首相がそれほど英語はお上手でなくても臆せずに各国の首脳の中に入っていかれていましたね。今度の伊勢志摩サミットではホストですから、やはり積極的に気配りをする必要があると思います。

 

ヴェネチア・サミットへ向かう政府専用機内で中曽根首相と(1987)

 

和歌を習い平安時代の言葉を知る

-- 話は変わりますが、長井さんはわざわざ京都へいらっしゃって歌の勉強をされているとお聞きしました。それも短歌ではなく和歌なんですよね。

最初に申し上げたように、ちゃんと意味が伝わる言葉で、冗長ではなく、的確な言葉を、しかも漢語や四字熟語に頼らずに、端的に言える方法はないかと思った時に、大和言葉に行きついたんです。優雅ではなく「みやび」というように、ひらがなで書ける語彙を身に付けたいと思い、月に一度、銀閣寺で和歌を学ぶ勉強会に参加するようになりました。今は場所を冷泉家に移して学んでいます。和歌は短歌と違って、平安貴族の頭の中へ入って考えないといけない。平安時代にないことは詠めないし、例えばワインはもちろん、ブドウ酒にしても平安時代にない言葉は使えないんです。それが面白くて、全然できない世界に触れるのが、私の好奇心を刺激したんですね。

 

-- どんなお稽古なのですか。

例えば「蝉」がお題だとすると、集くすだく蝉しぐれとか、蝉にまつわる言葉を50個ぐらい習います。「集く」というのは、虫がワーッと鳴く様を言い、必ずしも私の語彙を増やすことには役立っていないんです。今はお題をいただいて自分でシナリオを考えながら古語を探すわけですが、もうできないと思うことばかりです。けれど、先生の添削をいただくと、その感性がすごく面白い。自分が接していない世界で、昔はこんな日本語だったんだと思うとすごく面白いのです。私は言葉がすごく好きなので、平安の和歌も言葉の刺激を受けるために続けています。歴史も大好きなので、ひと月に一回ぐらいは京都に行きたいなと思います。

 

-- 三洋化成工業の本社は京都にありますので、京都に行かれた時はぜひお立ち寄りください。本日は楽しいお話をありがとうございました。

 

 

と き:2015年8月17日
ところ:東京・サイマル・アカデミー東京校にて

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