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三洋化成ニュース No.549
2025.10.14
サンアプロ株式会社
未来マテリアル研究部 主任 新田 真也
[お問い合わせ先]同営業グループ
スマートフォンのディスプレイや車載カメラなどの光学・電子部品では、使用される樹脂に「高い透明性」と「200℃を超える実装工程に耐える耐熱性」の両立が要求される。こうした厳しい要求を満たす材料として、酸発生剤を開始剤に用いたカチオン硬化樹脂が利用されている。
酸発生剤には、光照射により酸を生成する光酸発生剤(Photo Acid Generator:PAG)と、加熱により酸を発生する熱酸発生剤(Thermal Acid Generator:TAG) があり、用途やプロセス条件に応じて使い分けられている。この硬化プロセスは、UV 照射による樹脂の仮硬化(プレキュア)と、それに続く後熱硬化(ポストキュア)で最終架橋を完了させる二段階硬化プロセスや、熱のみで架橋を完了させる熱硬化型プロセスがある。酸発生剤はそれぞれのプロセスにおける反応の開始と進行を制御し、硬化物の性能を大きく左右するキーマテリアルである。
しかし、従来の酸発生剤には、硬化速度不足、樹脂の熱黄変、PFAS(ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)1)や毒劇物規制への抵触といった課題があった。
サンアプロが開発した新規ガリウム系アニオン(ガレートアニオン)型酸発生剤は、「高速硬化性」「耐熱黄変性」「環境適合性(PFAS 非該当・非毒劇物)」を同時に達成する革新的開始剤である。本稿では、その特徴と応用例を紹介する。
カチオン重合型樹脂は、光/熱で発生した酸が環状モノマーをカルボカチオンへ活性化し、開環付加反応を進行させる光/熱硬化性樹脂である。フリーラジカルを伴わないため酸素阻害を受けにくく、開環由来の低収縮により寸法安定性に優れる。また金属・無機材へ高密着し、耐熱性も比較的高い(Tg≧150℃)。こうした特性から、ディスプレイやLED封止材、光学接着剤、半導体パッケージなど光学・電子部品で広く用いられている。代表的なモノマーは、ビスフェノール型、ノボラック型、脂環式エポキシなどがある。
ここで硬化プロセスを支配するカギとなるのは酸の「発生源」であるPAG/TAGである。
(1)光酸発生剤(PAG)
光を吸収するカチオン部(スルホニウムイオンまたはヨードニウムイオン)と、酸の発生源となるアニオン部(A–)から構成されるオニウム塩。紫外〜短波長可視光を吸収後にカチオン部が分解し、遊離したプロトン(H+)とアニオン(A–)が強酸(H+A–)を生成してカチオン重合を開始する。光硬化型インキ、コーティング、接着剤、封止材などに適している。
(2)熱酸発生剤(TAG)
PAGと同様のオニウム塩を加熱(80–150℃)することでカチオン部が分解し、強酸(H+A–)を生成する。光の届かない部位の硬化(ダークキュア) や異方性導電膜(ACF)等の熱硬化性樹脂に利用される。TAGは保管・輸送時は安定でありながら、加熱すると速やかに分解する必要がある。
PAG/TAGとも発生酸量はカチオン部の分解率に依存し、酸強度と副反応の少なさはアニオン部で決まる。酸強度を高めれば重合は速くなるが、加熱時に残存酸が樹脂を劣化、着色させる恐れがあり、光学用途ではこの着色抑制が必須である。
従来のアニオンはアンチモン(Sb)、リン(P)、ホウ素(B)系に大別される。各系には重合速度、耐熱黄変性、環境適合性など、いずれかの特性に優れた材料はあるが、毒劇物該当、PFAS該当、フッ化水素(HF)発生、熱黄変など、何らかの課題を抱えており、全ての要件を同時に満たす材料はなかった(表1)。すなわち高速硬化、耐熱黄変、環境適合の3要素を同時に満足する酸発生剤は、これまでなかった。
当社では、オニウム塩設計と硬化プロセス評価の知見に、計算科学と反応経路解析を組み合わせ、3要素を同時に満たす新規アニオンの分子設計を行った(図1)。開発したガレートアニオン Ga(C6F5)4–は、ガリウム(Ga)を中心に4つのペンタフルオロフェニル基が配位した強電子求引性アニオンで、以下のような特徴を有する。
(1)高速硬化性
光照射時や硬化温度域(150℃以下)において強酸性を保ち、短時間硬化を可能にする。
(2)耐熱黄変性
150℃を超える高温域では発生した強酸(H–Ga(C6F5)4、FG酸)が弱酸へと変化し、後熱硬化やリフロー時の黄変を抑制する(図2)。一般的なボレート系アニオン(B(C6F5)4–)と比較して、図3に示すように顕著な差が見られ、光学用途で非常に有利である。
(3)環境適合性
ガリウムは急性毒性が低く、毒物及び劇物取締法・PRTR、REACH、TSCA等の主要法規で規制対象外のため、取り扱いや保管が容易。また、PFASを一切含まない設計である。
さらに、本剤の次の特徴も、実用上大きなメリットがある。
(4)HF非副生
硬化中にHF を副生しない※。この特性は基板やCu/Al 配線の腐食リスクを大幅に低減し、高絶縁性や長期信頼性の確保に貢献する。
※ PCT(Pressure Cooker Test:PAG/水質量比1/25、160℃・72h)で加速試験を行い、イオンクロマトグラフィーで分析した結果、HF は検出限界(0.05ppm)以下であった。パッケージ信頼性試験(HAST 130℃/85%RH/96h)でも絶縁抵抗の劣化が認められなかった。
(5)高い溶解性
従来の酸発生剤は、モノマー、オリゴマー、樹脂や有機溶媒への溶解性に課題を抱えるものが多かった。本剤は、これら全てに優れた溶解性を示し、処方設計の自由度を高める。
このように、本剤は高速硬化・耐熱透明性・環境適合性に加え、プロセス安全性と処方汎用性を兼ね備えた実用性の高い高機能材料といえる(表1)。
当社では、露光波長や用途に応じた最適な選択肢として、4種類のガレートアニオン型PAGを展開している。
『IK-1FG』:短波長/増感剤併用
300nm 以下の短波長域で強い吸収を持つため、水銀ランプを用いた硬化や、増感剤との組み合わせでは長波長にも対応可能。また熱酸発生剤としても使用可能である。
『CPI®-310FG』:i線(365nm)・UV-LED用
i 線高感度の汎用品。i 線での高い量子収率を示し、厚膜材料でも深部硬化ムラが少なく、ハードコートやOLED 封止材などの透明性が重視される用途に適している。
『VC-1FG』:LED385nm 対応
385nm 近傍で十分な吸収を持ち、400nm以上の可視光はほぼ透過するよう設計した。CPI-310FGよりも長波長の光源に対応し、かつ硬化後も極めて高い透明性を維持できる。
『ES-1FG』:長波長域吸収用
π共役系を拡張して吸収端を430nm近傍まで引き延ばした。g線(436nm)やh線(405nm)などの長波長の光源を使用したい用途に適している。
各グレードは、狙い波長域で酸を高効率に発生し、さまざまなプロセス条件に対応可能である。
当社のガレートアニオン型熱酸発生剤(Ga系TAG)は、酸発生開始温度などの特性が異なる3グレードを展開している。
『TA-100FG』
スルホニウム塩型で、特に反応性が高く、脂環式エポキシ樹脂中では約70℃で重合を開始する。比較的低温硬化を必要とする用途に適する。
『AA-01FG』
アンモニウム塩型で、高い貯蔵安定性と高反応性を両立。輸送や長期保管時の安定性が求められる用途に特に有効である。
『IK-1FG』
ヨードニウム塩型で、比較的高温域向け。TAGとしてだけでなくPAGとしても使用可能な汎用性の高いグレード。各Ga系TAG は、プロセス温度や使用環境、モノマー特性に応じた柔軟な選択肢を提供し、光硬化を伴わない熱硬化型プロセスでも、優れた硬化性能と低黄変を実現する。
ガレートアニオン型酸発生剤は、高速硬化性、耐熱黄変性、環境対応(PFAS非該当・非毒劇物)を同時に満たす新しいカチオン重合開始剤であり、次世代光学デバイスや電子部品製造を支えるキー技術になることが期待される。
本剤の「超強酸をクリーンに供給できる」特性は、フォトリソグラフィ用化学増幅型レジストなどにも応用可能である。今後は、カチオン/アニオン組み合わせの最適化と応用範囲の拡大を図り、次世代光学・電子分野への一層の貢献を目指していく。
参考文献
1)欧州化学品庁(ECHA)のPFAS定義に従っています。
https://echa.europa.eu/hot-topics/perfluoroalkyl-chemicals-pfas