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三洋化成ニュース No.548
2025.07.11
機能材料事業本部
研究部 主任 喜多 藍
[お問い合わせ先]同営業グループ
近年、地球温暖化や海洋プラスチック問題など、環境問題への関心が世界的に高まっており、世界中で石油由来資源の使用率低減や廃プラスチック削減の動きが高まっている。その解決策の一つとして、植物等の再生可能な有機資源や廃棄プラスチックを原料とする環境配慮型プラスチックの利用が期待される。
本稿では、これらのプラスチックが抱える臭気問題を解決するために当社が開発した、練り込み型消臭剤『ケシュナール』について紹介する。
環境配慮型プラスチックには、大きく分けて、バイオ由来モノマーを重合して得られる「バイオマスプラスチック」、木粉やでんぷん、貝殻などのバイオマス資源をポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)に混合した「バイオマス複合プラスチック」、使用済みプラスチックを再利用する「リサイクルプラスチック」などがある。
バイオマスプラスチックは、環境負荷低減の観点からは望ましいと考えられるが、コストや性能面で課題が多く、普及が進んでいないのが現状である。そこで、現実的な代替手段として、既存の生産設備を活用でき、コストを抑えながら環境負荷を低減できるバイオマス複合プラスチックの需要が拡大している1), 2)。また、廃棄プラスチックを有効活用できるリサイクルプラスチックも、資源循環の観点から重要な役割を担っている。
バイオマス複合プラスチックは、木粉、米、でんぷん、貝殻や卵殻などのバイオマスをプラスチックに配合し、ごみ収集袋、ウッドデッキ、容器、日用品などに使用されている1), 2)。環境負荷を低減しながら、従来のプラスチックに近い性質も両立できるため、幅広い用途への展開が期待されている。また、既存の生産設備や技術を活用できるため、導入のハードルが低い。さらに、自動車部品や建材など、高い耐久性が求められる用途にも対応できるほか、廃棄物資源の有効活用にもつながる。このように、100%バイオマスプラスチックと比べると、性能、コスト、既存設備との親和性、用途の広がりやすさといった点で、実用上の利点がある。
市場規模においても、バイオマス複合プラスチック(天然素材配合プラスチック)の世界市場は2023年に342億2000万米ドルだったが、2030年には約2.4倍に増加すると予測されており、今後の成長が期待されている3)。
しかし、バイオマス複合プラスチックは、原料由来の特有の臭気(揮発性有機化合物:VOC)が発生するという課題を抱えている。この臭気は、製品の品質や価値を低下させるだけでなく、用途によっては使用が制限される可能性もある。
リサイクルプラスチックは、廃棄プラスチックを再利用することで、資源循環を促進し、廃棄物削減に貢献する。特に使用済みプラスチックを原料として再利用するマテリアルリサイクルは、CO2排出量削減にも寄与する重要な役割を果たす。リサイクルプラスチック市場は年率11%の成長が見込まれている。また、EU議会が2025年1月29日、ELV(Endof-Life Vehicle、廃自動車)規則案を改定した第2版を公表し、自動車中の20%をリサイクルプラスチックとする目標が設定されるなど、世界的にリサイクルプラスチックの利用促進が求められている。
しかし、廃プラスチックを資源として再利用する場合、いくつかの課題があり、リサイクル率は、プラスチック全体の1割程度にとどまっているのが現状である4)。リサイクルプラスチックは、原料となるプラスチックの種類や状態によって品質がばらつきやすく、その課題の1つが臭気である。廃プラスチックには、使用時に付着した不純物由来の臭気成分や、樹脂などの劣化によって生成された臭気成分が含まれるだけでなく、そのリサイクルプロセスでは、樹脂の溶融混練時の熱劣化や化学反応が生じ、特有の臭気を発生しやすい。さらに、その臭気は成形後も徐々に周囲に放出され、製品の品質に悪影響を及ぼすことなどが課題となっている。
このように、バイオマス複合プラスチックやリサイクルプラスチックは、従来のバージンプラスチックに比べて臭気の問題があり、利用拡大を阻む大きな要因となっている。これらの素材の普及を促進するためには、臭気問題の解決が不可欠である。その解決策として、当社は練り込み型消臭剤『ケシュナール』を開発した。
『ケシュナール』は、環境配慮型プラスチックの臭気低減に特化したマスターバッチ(MB)型の消臭剤である。『ケシュナール』の消臭メカニズムは、臭気成分を吸着し、揮発を防止する「物理吸着」に基づいている。また、熱劣化による臭気の発生を化学的に抑制する効果もあり、高い消臭効果と持続性を発揮するほか、多種多様な成分を吸着・消臭できる点が強みである(図1~4)。『ケシュナール』の主な特徴は以下の通りである。
1)多様な臭気成分への高い消臭効果と持続性
物理吸着メカニズムにより、アルデヒド、ケトン、アルケン、フラン類など多種多様な臭気成分(VOC)を効率的に吸着・除去する。さらに、熱劣化による臭気の発生を化学的に抑えることもでき、高い消臭効果が長期間持続する。
2)マスターバッチ(MB)形態による優れた取り扱い性
ペレット状のマスターバッチ製品のため、計量や投入が容易である。
3)既存成形プロセスへのスムーズな導入
練り込み型設計により、射出成形・押出成形・インフレーション成形など、既存の各種成形プロセスにそのまま適用可能で、新たな設備投資や工程変更が不要である。
4)低添加量で高効率な消臭を実現
独自の分散技術、相溶化技術を生かして、消臭成分を均一分散させて1~5%程度の低添加量で十分な消臭効果を発揮することに成功。プラスチックの機械的物性への影響も小さい。
5)幅広い適用範囲
ポリオレフィン系樹脂との相溶性が高く、射出成形、押出成形、インフレーション成形など、さまざまな加工方法に対応できる。
環境意識の高まりとともに、バイオマス複合プラスチックとリサイクルプラスチックの市場は拡大しており、『ケシュナール』はこれらの素材の利用拡大に貢献し、持続可能な社会の実現に寄与できると考えている。当社は、『ケシュナール』のさらなる用途拡大と高性能化を目指し、バイオマスプラスチックの普及拡大に向けた性能向上など、研究開発を推進していく。当社は、『ケシュナール』の開発・販売を通じて、環境配慮型プラスチックの普及を促進し、カーボンニュートラル社会の実現に貢献していく。
参考文献
1)『バイオプラスチック導入ロードマップ』,環境省(2024),p.24.
https://www.env.go.jp/content/900534511.pdf
2)『バイオ複合材料の市場規模、シェア、業界分析、繊維タイプ別(木質繊維および非木質繊維)、ポリマータイプ別(合成および天然)、最終用途産業別(建築および建設、輸送、消費財)、および地域別の予測、2024 ~ 2032 年』,Fortune BusinessInsights(2024)
3)『バイオ複合材料の世界市場:製品タイプ、繊維タイプ、ポリマー、用途別-2025~2030 年予測』,株式会社グローバルインフォメーション(2024)
4)Global Plastics Outlook: Economic Drivers, Environmental Impacts and Policy Options. OECD Publishing. OECD.(2022).https://www.oecd.org/en/publications/global-plastics- outlook_de747aef-en.html