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広大な樹海と無数の沢 阿寒湖南部のきのこの森

三洋化成ニュース No.518号

広大な樹海と無数の沢 阿寒湖南部のきのこの森

2020.01.20

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アミヒラタケはときに直径40cmにもなる大形のきのこ

 

広大な樹海

日本百名山に選ばれている雌阿寒岳の頂上に立ち、北に目を向けると、砂礫の中にぽっかり空いた大きな穴からもくもくと上がる噴煙越しに、北海道の形にも似た、阿寒湖の全景を見ることができる。どっしりと大きな雄阿寒岳の裾野に広がる青い湖面に、大小4つの島が浮かび、南岸には温泉街のホテルが並んでいる。阿寒湖の周囲には、緑、緑、緑の木々。大げさではなく、見渡す限りの樹海が広がっている。雌阿寒岳の山頂をはじめ、阿寒湖南部にある国設阿寒湖畔スキー場の展望台、その奥の白湯山の展望台など、阿寒湖を見下ろすポイントはいくつかあるのだが、いずれも、高所から阿寒湖を眺めているうちに、湖そのものではなく、その周囲に広がる樹海に目を奪われることになる。

ちなみに、阿寒湖のすぐ脇にそびえる雄阿寒岳の頂上からは、阿寒湖を眺めることはできない(八合目前後で見下ろせる)。阿寒湖畔の温泉街付近か
ら見える雄阿寒岳の「山頂」は、実は、九合目なのだ。

 

ベニカノアシタケとクリンソウ

幾筋もの沢

雌阿寒岳の登山口といえば、オンネトー近くの雌阿寒温泉が一般的だが、阿寒湖側にもある。登山口までのアプローチがあまり良くないこと(ダートの林道を約6㌔㍍走行)、緩やかではあるが山頂までの距離が長いことなどで、利用する人は多くない。しかし、このダートの林道は、阿寒湖南部に広がる樹海を探る数少ないアプローチの一つであり、車の走行が少ないことは、きのこや粘菌との出会いを求める人間にとっては、非常にありがたい。

林道に並行して流れる小さな川がある。国土地理院の地図などでは「ウグイ川」と表記されているが、地元では、昔から硫黄山川と呼ばれているので、ここではそれに倣うことにする。その、硫黄山川と、硫黄山川に流れ込む無数の名もなき小さな沢(夏になれば多くが枯れてしまう)は、命を支える血管のように、樹海の隅々まで行き渡っている。沢筋には地も多く、常に適度に湿度が担保されており、きのこや粘菌を探すのにうってつけだ。歩きやすいのは動物も同じで、エゾシカやキタキツネやヒグマなどの姿も多く見かける。したがって、鈴などの鳴り物や撃退スプレーの持参など、ヒグマ対策は必須だ(地元のヒグマ出没情報も要チェック!)。

 

極小だが存在感抜群のロクショウグサレキン

樹海と昆虫

阿寒湖南部に広がる樹海は、針葉樹と広葉樹が混在して生えている針広混交林である。樹種としては、トドマツとダケカンバが多く見られ、針葉樹は他にアカエゾマツ、イチイなど、広葉樹はミズナラ、カツラ、イタヤカエデなどもたくさん生えている。もちろん、生きた木から倒木までそろっているので、どこもかしこもきのこ天国である。以前、昆虫から発生するきのこ、いわゆる冬虫夏草の専門家に聞いたところによると、沢筋のゆるやかな傾斜地では、冬虫夏草を見つける確率が高いのだとか。確かに、例年、アブの仲間のサナギから発生するサナギタケを、阿寒の他の場所に比べて、多く見ることができる。地面や朽木から、小さいながらも鮮やかなオレンジ色のきのこが顔を出すので、目につきやすいのだ。昆虫といえば、森を流れる沢筋では、ヤブカ、ヌカカ、ブユなどの吸血昆虫が多い。発症すれば死に至ることもある感染症を媒介するマダニもけっこう多い。気温が高いからといって肌を露出していると、ひどい目に遭うこと間違いなしだ。ぼくは人よりも暑がりで汗っかきだが、それでも、森へ入る時には、上下ともにレインウエアを着込む。汗は街に戻って温泉で流せばなんてことはないが、虫刺されは厄介だ。特にヌカカはあまりに小さく、刺されても気付かないほどだが、いざ刺されると、皮膚が赤く腫れ上がり、熱を持ち、痛がゆさが2〜3日は続く。防虫スプレーに、蚊取り線香など、いろいろな防虫対策を試したが、最大の効果を期待するなら、結局、肌を露出しないことに尽きる。撮影時には頭から防虫ネットをかぶる。

 

その名の通り爽やかな香りがするホシアンズタケ

 

全てが森の必需品

森へ入って、大挙して虫に襲われ、刺されるたびに、呪詛の言葉を吐き、全ての吸血昆虫の根絶を願うが、もちろん、本気で吸血昆虫の絶滅を期待しているわけではない。我々きのこファンは、森のあちこちに横倒しになっている倒木が、きのこや粘菌やコケなどにとって、どれほど重要なものなのかよく知っている。落葉も、動物の糞や死骸も、森には不必要なものなど一つもない。吸血昆虫にしても同じこと。人間にとっては不快だが、生き血をすする彼女らがいなくなれば、遠くない未来に、森が想像を超えて変容してしまうだろうことは想像に難くない。生きた木も、枯れた木も、落葉も、昆虫も、動物の糞も、何もかもが、森の必需品であり、さらには、生き物としてのきのこの好物でもある。好物があるから、そこにきのこがいるのだ。我々人間は、古くから自然を観察することで、知の体系をつくってきた。きのこ観察、きのこ鑑賞から、得られるものは無限にある。

若人よ、スマホを捨てて、森へ行こう。

 

新井 文彦〈あらい ふみひこ〉

1965年群馬県生まれ。きのこ写真家。北海道の阿寒湖周辺、東北地方の白神山地や八甲田山の周辺などで、きのこや粘菌(変形菌)など、いわゆる隠花植物の撮影をしている。著書に『きのこの話』『きのこのき』『粘菌生活のススメ』『森のきのこ、きのこの森』『もりの ほうせき ねんきん』など。書籍、雑誌、WEBなどにも写真提供多数。

 

きのこには、食べると中毒事故を引き起こすものもあります。実際に食べられるかどうか判断する場合には、必ず専門家にご相談ください。

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