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[vol.10] 森と湖沼が織りなす自然 阿寒湖周辺のきのこの森

三洋化成ニュース No.517

[vol.10] 森と湖沼が織りなす自然 阿寒湖周辺のきのこの森

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2019.11.05

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まるで焦げ跡のような形のカバノアナタケ

 

北海道有数の観光地

ぼくが「きのこ粘菌写真家」を名乗り始めてから8年ほどになるのだが(忘れもしない東日本大震災発生の10日前に「ほぼ日刊イトイ新聞」で連載を始めたのがきっかけだ!)、主に写真を撮影している場所は、全く変わることなく、北海道の阿寒湖周辺だ。毎年6月上旬から10月下旬まで阿寒湖温泉に滞在し、ほぼ毎日森へ出かけて、きのこや粘菌やコケなど、いわゆる隠花植物の撮影にいそしんでいる。

阿寒湖といえば、北海道有数の観光地である。阿寒湖温泉を中心とする、北海道釧路市阿寒地域の観光入込客数は、外国人観光客を合わせて、2018年度で161万人余り。今後もさらに増えそうな傾向にあるとか。

阿寒摩周国立公園に属することもさることながら、阿寒湖の名前を全国区にしているのは、何といっても国の特別天然記念物マリモの存在だろう。阿寒湖といえばマリモ、マリモといえば阿寒湖である。

マリモは淡水で生息する緑藻類の一種。球状のマリモが一つの生体というわけではなく、細い繊維(糸状体)がたくさん集まって球状になっているのだ。丸まらないタイプのマリモは、日本を含めて北半球の比較的寒冷な地域で何カ所も生育が確認されているが、球状で直径10センチメートル以上にもなるマリモが群生するのは、世界広しといえども阿寒湖だけだ。

 

傷付けると血のような液体が滲むチシオタケ

 

きのこ王国阿寒

自然を愛好する人たちは、有名な観光地を避ける傾向があるのではないかと思う。なぜならば、人が多いから。大自然の息吹を感じつつ目の前の光景に見入っているところに、添乗員率いる団体の観光客がぞろぞろ歩いてきたら、やはり興ざめである。逆に立ち止まったり座ったりしていたら、きっと他人には迷惑だろう。ぼくはかつて帯広市に8年住んでいたのだが、阿寒湖は、マリモと温泉が売りの大観光地だと思っていて、何を隠そう一度も訪れたことがなかった……。

だが、転機はいつも突然に訪れる。阿寒ネイチャーセンターというガイド会社の設立に関わることになり、阿寒湖との縁ができ、訪れてみてびっくりした。阿寒湖温泉街から少し離れただけで、人はおろか人工物さえほとんど視界に入らない、正真正銘、本物の森が広がっているのだ。阿寒の森の虜になるのに時間はかからなかった。森を歩くと、高山植物はもちろん、たくさんのきのこが目に入る。そこできのこに興味を持ち始めたことで、今のぼくがある。
「前田一歩園財団調査研究報告No.14阿寒国立公園のキノコ」(1997)によると、阿寒国立公園(当時)において、1993年から3年間行われた調査で、500種類以上のきのこが見つかっている。

阿寒湖周辺は、きのこ王国と呼んでも過言ではないだろう。

 

きのこシーズンの到来を告げるアミガサタケ

 

特異な生物相

阿寒湖は火山の噴火によってできた凹みに水がたまったカルデラ湖だ。阿寒カルデラと呼ばれているのは、雄阿寒岳も雌阿寒岳も含む広大なエリアで、その内側には阿寒湖沼群と呼ばれる、阿寒湖やオンネトーなど17の湖沼が点在している。湖沼の周囲には太陽の光が降り注ぐので比較的広葉樹が多く、本来の気候である冷温帯や亜寒帯に多く見られる針葉樹と相まって、針広混交林が形成されている。また、局所的ではあるが、冬でも地温が高い水蒸気噴気孔原があったり(温泉もあちこちで噴出)、真夏でも冷風が吹き出す風穴地があったりするので、昆虫や植物などの遠隔分布も多く見られ、他の地域に比べてけっこう特異な生物相が成立している。と、するなら、きのこのバリエーションも豊富なはずだ……。

阿寒湖周辺で気軽にきのこウオッチングを試みるなら、阿寒湖温泉の東部に位置するボッケ(泥火山)遊歩道が最適だろう。このエリアにはエゾマツやトドマツなどの針葉樹とカツラやミズナラなどの広葉樹が多く見られ、きのこの種類も多い。ぼくも阿寒湖滞在中には足しげくここに通い、たくさんのきのこや粘菌を撮影している。エゾリスやエゾモモンガとの出合いも楽しみのひとつだ。ここには火山性地熱地帯があるので、冬でも雪が積もらない。もしかしたら真冬でも、地面からきのこが生えるのではないかと期待している(いまだに見つけたことはないが)。

ヤナギから発生したヌメリスギタケモドキ

 

国立公園と私有地

阿寒湖の周辺はその多くが、一般財団法人前田一歩園財団が所有する私有地であり、そのうえ、国立公園にも指定されているので、立ち入りが制限されている場所も多く、自由気ままにきのこを探すというわけにはいかない。ボッケ遊歩道以外の森で、きのこ探しや散策をしたいなら、阿寒ネイチャーセンターなどが主催する、ガイドツアーを利用するのがいいだろう。前田一歩園財団が認定したガイドが、通常の観光客では入れないレアな森を案内してくれる。

 

新井 文彦〈あらい ふみひこ〉

1965年群馬県生まれ。きのこ写真家。北海道の阿寒湖周辺、東北地方の白神山地や八甲田山の周辺などで、きのこや粘菌(変形菌)など、いわゆる隠花植物の撮影をしている。著書に『きのこの話』『きのこのき』『粘菌生活のススメ』『森のきのこ、きのこの森』『もりの ほうせき ねんきん』など。書籍、雑誌、WEBなどにも写真提供多数。

 

きのこには、食べると中毒事故を引き起こすものもあります。実際に食べられるかどうか判断する場合には、必ず専門家にご相談ください。

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