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森とハイマツと砂礫 雌阿寒岳山中のきのこの森

三洋化成ニュース No.515号

森とハイマツと砂礫 雌阿寒岳山中のきのこの森

2019.07.07

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阿寒摩周国立公園の最高峰

コケの間からひょっこり姿を現したヌメリササタケ

 

標高1499㍍の雌阿寒岳は、気象庁などによる常時観測対象火山であり、常に数カ所から噴煙を上げている。阿寒摩周国立公園内の最高峰で、釧路市と足寄町にまたがってそびえている。『日本百名山』の著者である登山家の深田久弥は、雌阿寒岳と雄阿寒岳を「阿寒岳」と総称し、両方登るつもりだったが、噴火の影響で雌阿寒岳は登山禁止だったため、実際に登ったのは雄阿寒岳のみだった。昨今の百名山ブームのなか、登山者が「阿寒岳」として登っているのは、雄阿寒岳に比べて標高が高く登山時間が短い雌阿寒岳のみの場合が多い。

雌阿寒岳の登山口は、阿寒湖温泉、雌阿寒温泉、オンネトー国設野営場にあるが、人気があるのは雌阿寒温泉を往復するルートだ。体力に余裕がある人には、雌阿寒温泉から登り、雌阿寒岳と阿寒富士の両ピークを踏んでオンネトー国設野営場へと下り、道道949号あるいはアカエゾマツの森の中の遊歩道を歩いて、雌阿寒温泉に至るルートをおすすめする。

この辺りの森林限界(高山などで森林が生育できる限界線)は標高1000㍍くらいなので、標高約650㍍のオンネトーテラスから雌阿寒岳を眺めると、半分くらいの高さで樹林帯が終わり、そこから上がハイマツ帯になっているのがわかる。見えている最上部(9合目)はハイマツすら生えない火山らしい砂礫帯で、奥にゆらゆら立ち上る噴煙が見える。

 

ドクベニタケはマツなどと共生する菌根菌

 

アカエゾマツの純林

 

山麓を覆う軽石の間からアミタケが発生!

いざ、雌阿寒岳へ。
雌阿寒温泉登山口は、立派なアカエゾマツの森の中にあり、1合目までは傾斜がややきついが、2合目の手前からゆるむ。こちらの目的はきのこ鑑賞なので、周囲の森林風景を楽しみつつ、立ち止まったり座ったり、のんびり歩けばいい。2合目付近に広がる平坦な場所では、空に向かって真っすぐ伸びるアカエゾマツの巨木が、何百本、何千本と立ち並び、その絶景は筆舌に尽くしがたい。赤っぽいアカエゾマツの幹の色に対し、周囲の地面、大きな石や岩の上は、濃淡さまざまな緑色で覆われている。そう、コケや地衣類だ。

気が遠くなるような昔の話だが、この辺りは、雌阿寒岳の噴火により、溶岩や火山灰などが積もった不毛の大地だった。そこへ先駆植物といわれるコケや地衣類が姿を現し、樹木の種の受け皿となり、いつしか貧栄養に耐え硫黄にも強いアカエゾマツが芽生え、成長し、自らの遺骸や堆積した落葉などがやがて土壌をつくり、長い長い時間をかけて、今ある森をつくってきた。そして、多くの人は想像すらしないかもしれないが、樹木と互いに栄養をやりとりして共生する菌根菌、生物遺骸を分解して無機物へ還す腐生菌など、きのこや菌類の存在が、森の成長・発展に大きく影響しているのだ。

したがって、この森では、周囲を見渡せば、必ずきのこの姿が目に入る。夏から秋にかけての地面からは、ドクベニタケやテングタケなどの毒きのこ、ショウゲンジやヌメリササタケなど食用になるきのこ、ヒナノヒガサやヒメコガサなどコケや地衣類の間から生える極小きのこなど、種類こそそれほど多くないが、たくさんのきのこが発生する。眼福だ。

 

ハイマツ帯から砂礫帯へ

登山道をさらに進む。3合目に至る間、ハイマツが目立ち始めると同時にアカエゾマツが徐々に細く小さくなる。もうすぐ森林限界だ。4合目のすぐ下でアカエゾマツの姿はなくなり、その名の通り地面を這うように横へと伸びるハイマツが主役になる。一気に視界が開け、眼下に紺碧のオンネトーや広大な樹海を見ることができる。6月下旬から9月上旬にかけては、ハイマツの合間に広がる砂礫で、雌阿寒岳の名を冠した、メアカンキンバイ、メアカンフスマを始
め、イワブクロ、マルバシモツケ、コマクサなどの高山植物が、可憐な花を咲かせる。

ハイマツの樹下は幾重にも落葉が敷き詰められた土壌になっており、アミタケ、ドクベニタケ、マツタケモドキ、ホウキタケの仲間などが発生する。以前、ハイマツの周囲にある軽石や砂礫の間から、アミタケが発生しているのを見つけた時には、その環境適応能力、生命力の強さに、ただただ感動した。

8合目から上はハイマツの姿もほぼなくなり、砂や小石ばかりの活火山らしい荒涼とした風景が広がる。さすがにきのこの姿を見ることはないが、コケや地衣類はそこかしこで石や岩にへばりついて生きている。

雌阿寒岳の頂上から北東方向には、下り斜面の途中にぽっかり空いた巨大な穴からもくもく上がる噴煙越しに、阿寒湖が見える。右の大きな山は雄阿寒岳だ。手前の湖岸に阿寒湖温泉の建物がちらほらと確認できるが、あとは見渡す限り、森、森、森……。きのこがひっそりと生きている、広大な樹の海が広がっている。

ちなみに、雌阿寒岳、雄阿寒岳の4合目から上は、国立公園の特別保護地区なので、植物はもちろん、きのこなども採取することはできない。

 

きのこなど菌類の働きで倒木は無機物に還っていく

新井 文彦〈あらい ふみひこ〉
1965年群馬県生まれ。きのこ写真家。北海道の阿寒湖周辺、東北地方の白神山地や八甲田山の周辺などで、きのこや粘菌(変形菌)など、いわゆる隠花植物の撮影をしている。著書に『きのこの話』『きのこのき』『粘菌生活のススメ』『森のきのこ、きのこの森』『もりの ほうせき ねんきん』など。書籍、雑誌、WEBなどにも写真提供多数。

きのこには、食べると中毒事故を引き起こすものもあります。実際に食べられるかどうか判断する場合には、必ず専門家にご相談ください。

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