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本来の「かちかち山」は、自然と人間の厳しい関係を語っているんです

口承文芸学者・筑波大学名誉教授 小澤 俊夫

本来の「かちかち山」は、自然と人間の厳しい関係を語っているんです

2016.11.04

写真=本間伸彦

口承文芸学者・筑波大学名誉教授 小澤 俊夫   Toshio Ozawa
1930年、中国・長春に生まれる。日本女子大学教授、マールブルク大学客員教授、筑波大学副学長、白百合女子大学教授を歴任。国際口承文芸学会副会長および日本口承文芸学会会長も務めた。現在、筑波大学名誉教授、小澤昔ばなし研究所所長、「昔ばなし大学」主宰。グリム童話の研究から出発し、マックス・リュティの口承文芸理論を日本に紹介。著書に、『昔話の語法』、『こんにちは、昔話です』、『昔話が語る子どもの姿』、『グリム童話集200歳 日本昔話との比較』など。

 

 

 

口承文芸学者の小澤俊夫さんは、グリム童話や日本の昔話を中心に、世界の民話を研究する、昔話研究の第一人者です。誰にでも聞き覚えのある昔話を収集する一方、全国各地で「昔ばなし大学」を開講し、語り口をそのままに、子どもたちに残す活動を続けていらっしゃいます。昔話が伝えるメッセージについて、伺いました。

昔話に込められたメッセージ

-- 小澤先生は、昔話の研究をしていらっしゃるんですね。

私は、大学のドイツ語の授業で読んだグリム童話の面白さに魅せられて、グリム童話の研究者になりました。グリム童話とは、今から200年ほど前にドイツで、グリム兄弟が近所の娘さんたちから聞き集めた話を文字にしてまとめ、出版した童話集です。民衆の間で親から子へと話し継がれてきたおとぎ話の研究は、このグリム童話から始まりました。私はグリム童話を研究しながら、日本の昔話のことも考えてきました。グリム童話の中には、日本の昔話と同じモチーフがいくつもあり、面白いですよ。

-- 息子が保育園に通っていた頃、園にあった「かちかち山」の本を読んでやったのですが、私の知っている「かちかち山」とは違ったんです。私の記憶では、おばあさんはタヌキに殺されてタヌキ汁ならぬババ汁にされて、おじいさんがタヌキにだまされてババ汁を食べてしまい、タヌキはウサギに仕返しされて泥船に乗って沈んで死んでしまうという、今思えばかなり残酷な話でした。でも今の絵本では誰も死ななくて、最後はタヌキが謝って許してもらう、平和な物語になっているんです。

「かちかち山」ってね、歴史的にとても大切な、深い話だと私は思っています。最初、おじいさんが種をまいた山の畑に、タヌキがいたずらをして、おじいさんが怒るでしょう。でも、山の畑というのは、もともとタヌキの住んでいた山だよね。タヌキはそれを取り返しに来ているだけ。自然と人間の関係の原型を語っている話なの。

-- そうすると、今の「かちかち山」からは、昔からの自然と人間の関係を学ぶことができませんね。

そう。人間は本来残酷なものです。誰でも動物の肉や魚を食べるでしょ。植物も生き物ですよね。ほかの生き物の犠牲の上に自分の命が成り立っていることや、自分が生きていることへの感謝の気持ちを、子どもに教えるのは、むごいけれど大切なことだよ。そこまで読み解かないで、勝手に残虐性の部分だけを削ってしまっているから、自然と人間の関係が伝えられていないんだね。

-- 小澤先生の「かちかち山」と、保育園にあったのと同じ「かちかち山」を両方読んで、小学2年になった息子に「どっちが好き?」と聞いたんです。すると「保育園の本のほうが気持ちがいいけど、小澤先生の本のほうが本物のような気がする」と言っていました。

真実をゆがめる危険性について、グリム兄弟が200年前に警告しているんですよ。グリム童話集の第二版序文に「私たちをもっともよく弁護してくれるのは、これらの花や葉(昔話)を、このような色と形で成長させた自然そのものです」「私たちがもとめているのは、不正なこともかくさない、正直な物語の真実の中にある純粋性なのです」とあります。

-- グリム童話にも、語り継がれてきたものと違う話になってしまったものがあるんですか。

特に私が残念だと思うのは、「シンデレラ」。グリム童話では、3回舞踏会に行っているんです。この3回の繰り返しに大事なメッセージがあったんだけど、ディズニーは、それに気付かず省略してしまったんです。

-- どういうメッセージでしょうか。

なぜ、2回は王子のプロポーズを受けずに家に帰って汚い服に戻ったのか、私はずっと疑問に思っていたんです。長年考えて、これは若者の心の動きを語っているんじゃないかと気付いた。日本の普通の若者でも、時々は「いい子」になって親やほかの誰かに認められたいと思うわけよ。でも、せっかく認められてもまたいつもの汚い格好に戻ってしまう。これは意思の問題でなく衝動だよね。振り子が振れているように、両方の間を揺れ動く。若者とはこういうものなんだ、という人間の成長の姿を伝えているんだと思う。

-- 「いい子」と「心配かける子」の間を行ったり来たりするものだとわかれば、親は子どもの行動に一喜一憂するのではなく、余裕を持って見守ることができるんですね。

私は大学の先生をしていた時にいろいろな学生と接しました。問題を抱えている学生の親御さんには、よく「必ず戻ってくるから待ってやってください」と言ったよ。哲学や美学で「形式意思」という言葉があって、生きているものと芸術作品は、こういう姿でありたいという意思を持っている。モミの木は、クリスマスツリーに使われるようにきれいな三角形をしているんだけど、切ってもまた同じ形になるまで成長する。そういう意思を、きっと人間もみな持っているんだよ。

-- 「シンデレラ」を通して、親は子どもの意思を信じようと思えるし、「かちかち山」からは自然と人間の根源的な関係を知ることができる。昔話を通して大切なことを学べるんですね。

それを明らかにしてこなかったのは、私たち口承文芸学者の責任だね。昔話と、歴史や文学や信仰を関係づけた研究はたくさんあるんだけど、そもそも昔話って何なの、という研究が少ない。人間が自然の中で生きてきた姿、人間が成長していく姿、それが昔話に語られていると伝えなきゃいけないんです。

世界中の民話で共通する昔話の法則

-- いつも小澤先生のラジオ番組『昔話へのご招待』を聞いています。とても心地のいい語り口で、心が落ち着きます。お話しになる時に、大切にされていることはありますか。

なるべく言葉を少なくして、エッセンスだけ伝えるよう気を付けています。昔話もそうで、大事な出来事だけ語り、細かく描写しない。だからわかりやすくて、長く伝わってきたんです。もともとお母さんが子どもを寝かせながら語るものだから、気持ちいいゆっくりしたテンポで語るものなんです。

-- 子どもに絵本を読む時には、強弱を付けたり声色で盛り上げたりしたほうがいいのかと思っていました。子ども扱いしなくても、昔から伝わってきたシンプルな昔話はきちんと伝わるんですね。

昔話はなんでもシンプル。時・場所は「むかしむかし、あるところに」で済ませて、残酷な場面は血が流れない、切り紙細工みたいな語り方をするよね。同じ場面はまったく同じ言葉で、必ず3回繰り返す。3は、人間にとって気持ちのいいリズム。ケンケンパも、陸上の三段跳びも3回でしょ。色は極端で、白雪姫は黒い髪、白い肌、赤い頬。

-- 昔話の語り口には法則があるんですね。

昔話の法則は、世界中の民話で共通なんです。口伝えで伝えるために、シンプルでクリアでなきゃならないから、こうなったんだと私は思っています。

-- 自然と人間との関係は、日本の童話もグリム童話も同じですか。

それは全然違います。例えば「鶴女房」は、最後は女房が鶴になって飛んでいって終わる。私がこれをドイツの講演で話したら、たくさん質問が出てね、「日本人は女房が鶴になって飛んでいっても、後を追わないのか?」って言うんですよ。

-- 日本の昔話はそういう感じの話が多いですよね。かぐや姫も月に帰っちゃいますし。

これは信仰の違いなんです。日本人は自然のあらゆるところに神様が宿るという考え方だから、鶴が女性に姿を変えても驚かない。しかしヨーロッパの昔話は、キリスト教の一神教の世界観で語られているんです。ヨーロッパにキリスト教が広まると、それまでの土着の信仰の神は、魔女や魔法使い、妖精といった悪の力と見なされ、おとぎ話に登場して、魔法の力で動物や人間の姿を変えるようになりました。人間の世界と別に魔法の世界があるんですね。しかし、日本の昔話では、人間と動物は同じ世界に住んでいて、精神的断絶がない。日本人とドイツ人の精神的な違いがよくわかるでしょう。

土地の古老に話を聞き昔話を収集

-- 日本の昔話はどのようにして収集されるんですか。

地域の老人会の集まりや、お年寄りのお宅などに行ってお話を聞くんです。空振りも多いよ。「そうだな、俺が駅長をやっていた頃……」なんて、その人の昔話が始まっちゃうとか。

-- その話も面白そうですけどね(笑)。

でもね、最初はその人のライフヒストリーを聞かなきゃダメ。「こいつは真面目に話を聞いてくれるな」と信頼してもらえたら、初めて昔話が出るんです。だって、初対面の人に狐にだまされた話なんか普通しないでしょ。調査予定が3日あれば、初日は相手の話を聞くつもりで行くんです。

-- 翌日ようやく昔話が聞ける。

その時も、「昔話を聞かせてください」なんて言うんじゃなくて、その地域でよく知られている昔話を勉強していって「こんな話知りませんか」と聞くんです。

-- 語る人も語りながら思い出していくんでしょうね。

ある地域の調査に3年間かけたこともありましたよ。調査を終えた時に、老人会の会長さんが「こんな話に価値があると思っていなかったけれど、君たちが来て一生懸命聞いてくれたから、こんな話にもなんか価値があるんだろうな、と思った」と言ってくれて、感動したな。

-- 今では昔話を本で読む人が多いと思いますが、語り手にそのリズムを聞かせてもらうのも大切なんですね。

口伝えで伝えられてきた昔話の語り口を守るために、24年前、「昔ばなし大学」を始め、全国87カ所で開講してきました。昔話に関心のある方たちに、昔話のあり方や語り口を学んでもらい、本来あるべき形で次の世代に手渡していってもらいたいんです。

-- グリム童話を研究されていて、日本の昔話も研究しようと思われたのはなぜですか。

学生時代に民俗学者の柳田國男先生とお会いする機会があって、研究していたグリム童話のことを話したんです。すると、私から見たら神様のような存在の柳田先生が、私が話すことをメモなさった。私みたいな若造の言うことでも、知らないことは吸収する、これが学問だ、と感動しました。私の話を聞き終わって、先生は「グリム童話をやるなら日本の昔話もやってくれたまえ」とおっしゃった。

-- そんなふうに言われたら、研究したくなってしまいますね。

最後にお会いした時に、先生は著書の『日本の昔話』の文庫本に、サインを入れて僕にくださった。これは私の宝物で、今でも勉強机のわきに置いてあります。柳田先生の意思を私で止めてはダメだと思っています。

-- 柳田國男さんの研究を引き継がれているんですね。

いま私は、「昔ばなし大学」で、受講者の皆さんに「昔話のシンプルでクリアな語り口を守らないと、日本の昔話は滅んでしまう」と言っています。これを、後の世代の人たちに伝えていってほしいと思っています。柳田先生がおっしゃったのも、きっとこのことで、たまたま私に言ったけれど、後世の人たちみんなに伝えてくれよ、という意味なんです。

「昔ばなし大学」の講義風景

一人ひとりの“土地言葉”に幼い日の思い出がある

-- 昔話を土地の人に語ってもらって録音して、そのあとどうするんですか。

そのまま文字に起こします。東京の言葉は50音しかないけれど、地方の言葉は母音が多いんですよ。面白いのが、土地言葉で暮らしてきた学生は、東京の学生が聞き取れない「い」「え」の間の音なんかが聞き取れるの。

-- 方言ではなく土地言葉とおっしゃるんですね。

明治政府が、土地の言葉ではなく標準語を使えという教育をして、中央に対して地方の言葉だから、土地の言葉を方言と呼んだんです。これは差別語だと僕は思います。言葉は一度消えたら復活しないんです。今の日本はその瀬戸際ですよ。

-- テレビの影響もあるのかもしれませんが、土地言葉の個性はどんどん失われてきていますね。

だから昔話を収集する時も、土地言葉で語ってもらうんです。昔話を共通語で話しても、眠くならないでしょ。語り手も土地言葉で語っているうちに、気が楽になってきて、お母さんやおばあさんのことを思い出す人もいますよ。

-- 私は大阪出身で、母は愛媛出身です。母は愛媛弁と大阪弁が混じったような話し方でした。息子に絵本を読んでやる時に、母ならどう読むかな、と思いながら読むと、母との記憶がよみがえります。

言葉が変化していくのは当たり前だから、一人ひとりの日本語があっていいんです。お母さんやおばあさんの言葉を思い出すことで、世代がもう一回つながるでしょう。それが日本の言葉であり日本の歴史なんだから、大切にしていきましょうよ。

-- 私の言葉には愛媛弁の影響もあるから、純粋な大阪弁ではないと思っていましたが、それも大事な個性なんですね。

そう。大阪の人はどこでも平気で大阪弁を話しますよね。みんな自信をもって自分の言葉で話せばいいんです。

-- 昔話も、語る人によって少しずつ変わるんですか。

一つの昔話を、いろいろな方に自分の言葉に直して語ってもらうと、人数分の昔話ができます。ただ、直しすぎて昔話の大事なところを壊さないように、気を付けないといけない。「昔ばなし大学」の受講者には、勉強して、それを見分ける力をつけてもらっています。

昔話は、未来の子どもたちへの贈り物

-- 語り継がれた昔話をそのまま残していくために、小澤先生は活動されているんですね。

日本の昔話は、明治の標準語教育と太平洋戦争で破壊されてしまった。戦後には特に「桃太郎」がやり玉にあげられて、鬼をやっつけて宝物を持って帰るような話を聞かせて育てたから日本は侵略国家になったんだと言われたんですよ。また、児童文学者でも、昔話は文明的にレベルの低い話だから、文学的にきれいに装飾しないといけないと考えている人もいます。オリジナルの昔話は本当に消えそうになっているんです。

-- 「昔ばなし大学」などで次の世代に渡されたバトンが、そのまた次の世代に受け継がれていってほしいと思います。

「昔ばなし大学」の皆さんが20年近くかけて再話(※)してくれた1101話を、今度本にして、土地言葉バージョンのCDをつけて出版するんです。余計な手を加えていないので、読みやすく覚えやすく聞きやすいですよ。未来の子どもたちへの贈り物です。

 

※土地言葉で語られた昔話を今の子どもたちにわかるように文章を整えること。

-- 日本全国のおじいちゃんおばあちゃんが受け渡してくれた昔話、私も聞きたいです。本日はありがとうございました。

と き:2016年7月4日
ところ:東京・日本橋の当社東京支社にて

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