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職人目線の京都行脚 人造石編

三洋化成ニュース No.524号

職人目線の京都行脚 人造石編

2021.01.29

森田一弥

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旧京都中央電話局西陣分局舎の外壁レリーフに見られる「洗い出し」(撮影:エスエス大阪 津田裕之)

 

 

今回は明治大正時期から使われるようになったセメントモルタルを使った人造石について紹介したい。モルタルとは、石灰やセメント(正式にはポルトランドセメントと呼ばれる)を砂と混ぜて水で練った泥状のものを指す言葉である。人造石とは、高価な天然石の代替品としてセメントモルタルを使って人の手で作り出した建築仕上げ材のことである。

日本におけるポルトランドセメントの歴史は、幕末にフランスから輸入されたのが最初の事例とされており、その後日本では1875年に初めてポルトランドセメントの製造に成功した。現存する国内最古の鉄筋コンクリート構造物は1903(明治36)年に造られた琵琶湖第一疎水路上の橋(日ノ岡第11号橋)といわれ、今も日ノ岡にある第3トンネルの東口に現存しているが、京都の町家など一般の建築に使われるようになるのは、大正時代の末期の頃である。

セメントモルタルは当時の左官職人にとって、石灰を使う漆喰に比べて強度もあり耐水性にも優れた画期的な新素材であった。そのため、大正以降の左官職人の技術はセメントモルタルを使って新しい展開を遂げていく。その一つが「人造石洗い出し仕上げ」、通称「洗い出し」である。

 

町家や昭和時代の建築の外壁などに
よく使われている「蛇紋岩洗い出し」

 

「洗い出し」は、セメントの中にさまざまな色の骨材を混ぜて塗り付け、硬化前に表面のセメントを水で洗い流すことで、骨材を表面に浮き上がらせてザラザラした自然石のようなテクスチャーを生み出す技術である。その結果、それまで石屋さんがノミを使ってこつこつと削り出していた彫刻などの仕事を、左官職人がコテを使って肩代わりすることができるようになった。重要文化財に指定されている「旧京都中央電話局西陣分局舎」の外壁のレリーフは、その一例である。

 

「ジントギ」が使われている南禅寺近くのカフェ

 

 

もう一つ広く使われるようになった新しい技術が「人造石研ぎ出し仕上げ」、通称「ジントギ」である。石造建築の歴史の長いヨーロッパで生まれた技術であり、テラスに由来するイタリア語の「TERRAZZO」に由来して「テラゾー」と呼ばれることもある。「ジントギ」と「テラゾー」は広い意味では同類の技術だが、使う石の大きさなどによって、呼び方が使い分けられる。コテで塗り付けて整形した面のセメントが硬化した後に、砥石(といし)を使って表面を研ぐことで、セメントに入れた石の断面の色を浮かび上がらせ、平滑な石の表面のように仕上げる技術である。「ジントギ」は、「洗い出し」よりも人の手が触れやすい室内の床や炊事場などに使われることが多い。小学校の手洗い場や公園の滑り台など、昭和の時代に育った世代の人には馴染みのある、懐かしい素材であり肌触りなのではないだろうか。

 

筆者が教鞭をとる京都府立大学の校舎に残る「ジントギ」の床。目地には真鍮が使われている

 

土壁や漆喰と同じく、戦後の建設工事の近代化とともに、だんだん使われなくなっていったこれらの技術であるが、「ジントギ」 はここ数年で現代の建築やインテリアの現場で、密かなブームを迎えている。たとえば南禅寺近くのカフェでも、古い木造の建物を使った内部空間の床やカウンターに、灰色のセメントに白い砂利がちりばめられた懐かしい「ジントギ」が大々的に使われている。人造石といいつつも、「ジントギ」の手触りには本物の石にはない、柔らかさや温かさが感じられる。21世紀になっても、セメントの表面を研ぐ「ジントギ」には職人の手作業が欠かせないものであり、そうした人の手が作り出す素材感が、現代人の心を惹きつける秘訣なのではないか、と思わされる。

 

 

〈もりたかずや〉
1971年愛知県生まれ。森田一弥建築設計事務所主宰。1997年、京都大学工学部建築学科修士課程修了。京都「しっくい浅原」にて左官職人として修業後、2000年、森田一弥建築工房設立。2007~2008年、バルセロナのEMBT建築事務所に在籍。2011~2012年、文化庁新進芸術家海外研修員としてバルセロナに滞在。2020年~京都府立大学准教授。共著に『京都土壁案内』など。

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