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[vol.3] 今日からあなたは芸術家

三洋化成ニュース No.534

[vol.3] 今日からあなたは芸術家

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2023.01.09

◆秋山 仁

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忘れ去られた約束

グラフ理論の大家、フランク・ハラリー先生の指導を受けるため、私は1970年代にアメリカに留学していました。先生はM・C・エッシャーの版画の熱心な収集家でもありました。ある時、ニューヨークでの学会にお供した際、連れていかれた画廊で「エッシャーは最近亡くなったので、彼の作品はこれから高くなるよ」と作品の購入を勧められましたが、金欠留学生の私には1枚の絵も買えませんでした。先生は数十枚買って、私にホテルまで運ばせました。「大学に戻ったらお前にも1枚あげよう」と言ってくれた約束はすっかり忘れられ、2005年に先生は他界されました。「いつの日かエッシャーに負けない作品を自分でも創作できるようになればいいなぁ」と心ひそかに思っていました。

エッシャーの初期の作品は、爬虫はちゅう類、鳥、魚、動物などの繰り返し模様(タイル張り模様)が主題です。エッシャーは新婚旅行で訪れたグラナダのアルハンブラ宮殿の壁、天井、床などに張り巡らされたタイル張り模様に感激したそうです。グラナダはイスラムの文化に影響を受けた地であり、イスラム教は偶像崇拝を禁じているため、アラベスクなどの装飾模様に特化した芸術が発展したのです。

スペイン・グラナダにあるアルハンブラ宮殿内、ナスル宮殿にあるカラフルなモザイクタイル

 

タイル張り模様の作り方(引っ込めたら、出っ張らせる)

エッシャーの方法で、オウムのタイル張り模様を作ってみましょう。

(1)まず、タイル張りできる簡単な多角形Pを選ぶ(図1a)。

図1a

 

(2)多角形Pをタイル張り性が失われないように、すなわち、Pをタイル張りする時、隣接し合う2本の辺のペアに関して〝一方を引っ込めたら、もう一方を出っ張らせる〞という操作を繰り返しながらデフォルメして、面白いモチーフをデザインする(図1b)。

図1b

 

(3)そのモチーフに色を付け、オウムのタイル張りをすれば、完成(図1c)!

図1c

 

タイル張り性を保持しながらデフォルメしていく工程は、やってみると、結構大変なものです。実は最近、もっと簡単な方法を見つけたので、紹介しましょう。

 

封筒は万能タイル製造器

封筒を1枚用意してください。数学的に言うと、封筒は長方形二面体です。

封筒には宛名を書く表面(図2a)と差出人名を書く裏面(図2b)があります。まず表面または裏面に自由に切り取り線を描きます。この時、切り取り線は閉路(ぐるっと回って元の地点に戻ってくる輪状の部分)を含まず、封筒の4隅に到達するように描いてください。描いた線に沿って封筒を切って、図2dのように封筒を1枚のつながった形に切り開きます。ここでは鷹ができました。封筒を切る時、表面と裏面を重ねて切らないで、片面ずつ切ってください。

図2a

図2b

 

図2c

図2d

 

図2e.鷹によるタイル張り

 

封筒への切り取り線の描き方は自由なので、何も考えなくても無数に多くの異なる形のタイルをデザインできるというわけです。近くにある封筒を自由に切り開いて、あなた好みのタイルを作ってみてください。

自由に切って開いた形がタイルになるものはタイル製造器と呼ばれ、封筒(長方形二面体)のほかに正四面体などがあります。

例えば、図3は正四面体から作った〝松と寿〞のタイル張りをする図形です。

図3

 

皆さんもぜひ、封筒を切ってエッシャーに負けない作品を創作してください。

 

秋山 仁〈あきやま じん〉

1946年 東京生まれ。数学者/理学博士。東京理科大学応用数学科卒業(1969年)、上智大学大学院数学科を修了後、ミシガン大学数学客員研究員、米国AT&Tベル研究所科学コンサルタント(非常勤)、日本医大助教授、東海大学開発研究所所長、科学技術庁参与、文部省教育課程審議会委員、NHKラジオ・テレビ講座講師などを経て、現在に至る。ヨーロッパ科学アカデミー会員(2007年)、日本数学会出版賞受賞(2016年)、コロンブス騎士勲章受章(2021年)。現在は東京理科大学の栄誉教授を務め、離散数学の研究と世界各地で数学啓発活動に尽力している。

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