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意思決定とは何か

三洋化成ニュース No.548

意思決定とは何か

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2025.07.11

楠木 建

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選択の基準がない時にどうやって決断するか

そもそも意思決定とは何か。一言でいえば、選択です。しかも、外在的な優劣の基準がない状態で選択する。これが正確な意味での意思決定です。

例えば、仕入れを行うとしましょう。A社とB社のどちらから仕入れるかを選ぶ。両者の品質は全く同じ。価格はA社よりB社のほうが安い。だったらB社を選べばいい――このケースでは意思決定は必要ありません。安いほうにすればいいだけ。そのほうが良いからです。

どちらが「良い」か、の物差しがない選択の時こそ、リーダーの意思決定が求められます。仕事が高度になるというのは、外在的な優劣の基準がない状況で、本当の意思決定が必要な仕事が増えていくということです。

意思決定者のなかにしか基準がない。自分で「こちらにしよう」と決めるしかない。もちろん、それには胆力がいります。だからリーダーが必要なわけです。選択の基準を与えられて、それに従って判断するだけで商売が回っていくなら、そもそも経営者は不要です。単に、ベターな選択肢を選べばいいだけであれば、誰でもできます。どちらがいいのかが事前にはわからない状態で決断ができる。これが経営者やリーダーになるということです。難しい選択を迫られた時に、「どちらがいいのかはっきりさせてくれ」と周りに答えを求める――そういう人はリーダーとしては二流です。

優れたリーダーは経験を抽象化して判断する

本当の意思決定をするためには、言うまでもなく経験が必要です。ただし、経験というのは、ある活動を継続していれば時間とともに必ず積み重なってくるものです。そういう意味では、誰しも経験はしている。優れた人とそうでもない人の違いは「抽象化」にあります。

仕事で成功した、あるいは失敗したとします。次に全く同じ出来事が起こるとすれば、今回の経験で学んだことを生かすのは容易です。成功したなら同じ選択をすればいいのだし、失敗したなら逆の選択をすればいい。

ただ、全く同じことが起こるというのは、現実にあり得ない。ですから、いくら日々具体的な経験を積み重ねても、そこから未来の意思決定にそのまま使えるような、その人に固有の内在的な基準は獲得できません。

そこで、抽象化です。具体的な経験から、「要するにこういうことだな」という「論理」を引き出してストックしていく。そうやって蓄積した論理の引き出しが多い人が優れたリーダーになるというのが僕の考えです。そういうリーダーは、外に判断基準がない問題に直面した時、自分のなかに蓄積した論理の引き出しを開けたり閉めたりしながら、「どうなるかはわからないけれど、私はこうする」と決められるのです。

意思決定の「センスがある人」に学ぶ

この意味での意思決定は、スキルというよりセンスが問われます。スキルというのは、定型的な開発の方法がある技能のこと。つまり「これについては、こういうやり方で身に付けましょう」という教科書がちゃんと用意されている。語学とかプレゼンテーションの方法がそうです。スキルはもちろん大切です。しかし、本当の意思決定は、スキルだけではどうにもなりません。英語やプレゼン術のように、意思決定を上達させるカリキュラムは存在しません。

経営者ほど大きな意思決定でなくても、誰もがそれぞれのポジションで、必要に迫られて意思決定をすることがあるでしょう。自分が決定権を持っている範囲で、個人の仕事に関わる小さな意思決定、チームの意思決定、部署の意思決定……と判断を繰り返していく経験のなかで、自然とセンスが磨かれていくのだと思います。

重要なのは決断の回数です。成功するにせよ失敗するにせよ、「要するにこういうことなんだな」という論理を学んで蓄積していくしかない。センスを磨くには決断の場数を踏むのが何より大切です。ただし、疑似的に意思決定を経験するというか、センスがある人をじっくり見ていくのは、役に立ちます。職場に「この人は意思決定のセンスがあるな」と感じられる人がいるでしょう。一人いれば十分です。その人をじっくり、丸ごと見る。

英語のスキルを学ぶのであれば、英語が堪能な人が英語をしゃべっているところを見れば勉強になります。プレゼンテーションのスキルを学ぶのであれば、うまい人がプレゼンをしているのを見て勉強すればいい。逆に言うと、スキルを披露している場面以外でその人を見ても意味がありません。

一方、センスはその人の総体です。センスがある人を見つけたら、意思決定の場面だけでなく、暇さえあればいつでも観察する。あいさつの仕方、メモの取り方、会議の取り回し方、質問の仕方……全てにその人のセンスが表れているはずです。カバン持ちとか師弟関係といった「丸ごと」その人を見られるやり方は、センスのように教えられないものを伝授する方法として定着したのだと思います。

楠木 建〈くすのき けん〉

経営学者。1964年東京都出身。1 9 8 9 年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同大学イノベーション研究センター助教授、一橋ビジネススクール教授などを経て、2023年から一橋ビジネススクール特任教授。専門は競争戦略。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『絶対悲観主義』などがある。

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