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三洋化成ニュースNo.550
2026.01.16
アダム・グラントという組織心理学者の書いた『GIVE &TAKE』という本を訳したことがあります。要するに「情けは人のためならず」―ありきたりの話に聞こえます。ところが、これがなかなか奥深い。
議論の基底にあるのは、「ギバー(与える人)」「テイカー(もらう人)」「マッチャー(バランスをとる人)」という、人間の思考と行動の3類型です。シンプルな分類ですが、字面だけだと誤解する恐れがあるので要注意。
「ギバー」といっても「ひたすら他者に与えるだけ」ではありません。同様に「テイカー」にしても「人から取ろうとするだけ」ではない。これでは世の中と折り合いがつきません。どのタイプでも最終的には「ギブ&テイク」になることには変わりはない。いずれにしても人はギブしたりテイクしたりしながら仕事をしています。世の中は「ギブ&テイク」で成り立っている。
しかし、ギバーとテイカーとマッチャーでは、「ギブ&テイク」に至る筋道がまるで異なります。この3類型は、「ギブ&テイク」についての前提の違いに焦点を当てています。ポイントは、ギブとテイクのどちらが先に来るかということです。テイカーであったとしても、ギブすることも少なくない。しかし、テイカーが前提とする因果論理はこうなります。彼らにとっては、目的はあくまでも「テイク」にある。何でも自分中心に考え、自分の利益を得る手段としてのみ、相手に「ギブする」。裏を返せば、テイクという目的を達成する手段として有効だと考えれば、テイカーは実に積極的にギブすることもあるわけです。
これに対して、ギバーは思考と行動の順番が逆になります。まずギブしようとする。相手のことを考え、真っ先に相手に与える。その時点では頭の中に、目的としてテイクがあるわけではない。それでも、結果としてギブが自分に返ってくる(テイク)。
つまり、テイカーの頭の中にあるのは、ひたすら「テイク&テイクン」。自ら奪い取る。それでも、テイクするためにはその過程で手段として取られるもの(テイクン)が出てくるのも仕方がない。これがテイカーの思考と行動です。一方で、ギバーは「ギブ&ギブン」。見返りなど関係なしに、まず先に人に与える。その結果、図らずも「どこからかお返しをもらえる」という成り行きです。
「人間関係の損得はお互いに五分五分であるべきだ」と考える人たちもいます。これが「マッチャー(バランスをとる人)」です。彼らは、いつも頭の中に「バランスシート」を持っています。自分と相手の利益・不利益を、その都度公平にバランスをとり、ギブ&テイクの帳尻を合わせようとする。「これだけしてもらったから、私も同じくらいお返ししよう」という思考と行動のパターンとなります。
「ギブ&テイク」という言葉を聞いて、多くの人がすぐにイメージするのは、ギバーでもテイカーでもなく、マッチャーだと思います。ただし、この第3のタイプはギバーでもテイカーでもないタイプです。
「ギバーこそが成功する」とグラントは言います。ただし、です。「速効性」や「確実性」を求めている人は、ギバーにはなれません。人に与えたことは、後々返ってくる。しかし、ギブの後のテイク(というかギブン)が起こるのは、ずっと先の話です。しかも、いつ返ってくるのか、果たして返ってくるのかこないのか、事前の期待や意図はありません。そういう「取引」を持ち込まないのがギバーのギバーたるゆえんです。
要するに、時間的に鷹揚な人でないと、ギバーにはなれないということです。ところが、デジタル技術の進展に伴って、私たちは「時間的なゆとり」「鷹揚さ」を失いつつあります。すぐに答えが出たり、時間を置かず返事がきたりすることが当たり前になっている。だから待てない。
そういう意味では、デジタル技術の発達は両義的です。デジタル技術は世の中を便利にし、ギバーであることのメリットを加速させる面を持っています。しかし、その一方でゆっくり構える鷹揚さを阻害し、ギバーであることを難しくしているともいえます。「心のゆとり」「人間関係において想定する時間軸のゆとり」が、ギバーであることの重要な条件です。
経営学者。1964年東京都出身。1989年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同大学イノベーション研究センター助教授、一橋ビジネススクール教授などを経て、2023年から一橋ビジネススクール特任教授。専門は競争戦略。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『絶対悲観主義』などがある。