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[vol.1] 仕事は、哲学を必要とする

三洋化成ニュース No.538

[vol.1] 仕事は、哲学を必要とする

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2023.06.05

◆楠木 建

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お客様は、コントロールできないもの

そもそも「仕事」とは何でしょうか。趣味でないものが仕事、仕事でないものが趣味、というのが僕の整理です。趣味は徹頭徹尾、自分のためにやることです。自分が楽しければそれでいい。一方の仕事は、誰かのためにすることです。自分以外の他者に何らかの価値を提供できなければ仕事とはいえません。

従って、あらゆる仕事には「お客様」が存在します。お客様はコントロールできません。大会社の社長でもお客様に自社の製品やサービスを無理やり買わせることはできません。ここで言う「お客様」は、実際に対価を支払ってくれる取引先やクライアントやユーザーや消費者だけではありません。同じ会社の上司や部下であっても、自分の仕事を必要としてくれる人はお客様です。仕事は定義からしてこちらの思い通りにならないものです。事後的な成果や成功は、コントロールできない。しかし事前の構えは自分で自由に選択できます。仕事が何らかの哲学を必要とするゆえんです。

 

「フツーの人」向けの実用的な仕事の哲学

試練に直面しても諦めずに挑戦を続け、高い目標に向けて全力を尽くす――一流のアスリートが活躍する姿は見る人に感動を与えます。ところが、自分にそういうことができるとは到底思えません。骨の髄から「スゴイ人」はまれです。世の中の大半は僕と同じ「フツーの人」です。

フツーの人向きの実用的な仕事の哲学はないものか。考えを巡らしているうちに、たどり着いたのが「絶対悲観主義」です。この着想は僕にとって革命的でした。そもそも「うまくやろう」とするのが間違いなのではないか。それぞれに利害を抱えて生きている世の中、自分の思い通りになるほうがヘンで、僕のような大甘の凡人にとってはうまくいくことなんてほとんどないのが当たり前――脳内革命が勃発しました。これで一気に仕事生活がラクになりました。以来、現在に至るまで、僕は一貫して絶対悲観主義で仕事に臨んでいます。「自分の思い通りにうまくいくことなんて、この世の中には一つもない」という前提で仕事をする――厳しいようで緩い。緩いようで厳しい。でも、根本においてはわりと緩い哲学です。

緊張と弛緩は背中合わせの関係にあります。「夢に向かって全力疾走!」「夢を諦めるな!」――緊張系の話が幅を利かしているこの頃ではありますが、長く続く仕事生活、緊張だけでは持ちません。弛緩もまた大切です。弛緩があるから、ここぞという時に集中できる。筋トレとストレッチのような関係です。

 

自由に気楽に仕事に取り組む絶対悲観主義

GRIT(困難に直面してもやり抜く力)とかレジリエンス(逆境から回復する力)が注目されています。これもまた緊張系の話です。この種の言葉がもてはやされているのは、困難や逆境に直面した時にやり抜くことができず、心が折れてしまう人が今の世の中にそれだけ多いことを暗示しています。

僕に言わせれば、GRITやレジリエンスはある種の呪縛です。「うまくやろう」「成功しなければならない」という思い込みがある。だから、ちょっと思い通りにならないだけで「困難」に直面し「逆境」にある気分になる。克服するためには「やり抜く力」や「挫折からの回復力」を獲得しなければならない――随分窮屈な話だと思います。

世にいう悲観主義は、実のところ根拠のない楽観主義です。最初のところで「うまくいく」という前提を持つからこそ、「うまくいかないのではないか」と心配や不安にとらわれ、悲観に陥るという成り行きです。

こと仕事に関して言えば、そもそも自分の思い通りになることなんてほとんどありません。この元も子もない真実を直視さえしておけば、戦争や病気のような余程のことがない限り、困難も逆境もありません。逆境がなければ挫折もない。成功の呪縛から自由になれば、目の前の仕事に気楽に取り組み、淡々とやり続けることができます。GRIT無用、レジリエンス不要――これが絶対悲観主義の構えです。

 

「絶対悲観主義」のポイント

  • 「フツーの人」でも実践可能
  • 「うまくやろう」と思わない
  • 「成功しなければならない」という思い込みを外す
  • 「自分の思い通りにいくことなんて、一つもない」と考える
  • 「うまくいかないのではないか」と心配する必要はない

 

楠木 建〈くすのき けん〉

経営学者。1964年、東京都出身。1989年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同大学イノベーション研究センター助教授、一橋ビジネススクール教授などを経て、2023年から一橋ビジネススクール特任教授。専門は競争戦略。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『絶対悲観主義』などがある。

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