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[vol.2] 絶対悲観主義の効用

三洋化成ニュース No.539

[vol.2] 絶対悲観主義の効用

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2023.07.12

◆楠木 建

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実体は明るい絶対悲観主義

前回お話ししたように、僕の仕事哲学は絶対悲観主義です。「自分の思い通りにうまくいくことなんて、この世の中には一つもない」という前提で仕事をする。随分暗い話に聞こえるかもしれません。しかし、その実体は明るくスカッとしています。

絶対悲観主義にはいくつもの利点があります。第一に、実行が極めてシンプルで簡単だということ。やるべきことは、事前の期待のツマミを思い切り悲観方向に回しておくだけ。結果や成果ではなく事前の構えですから、自分の好きなように好きなだけ操作できます。ここぞという時はツマミを可動領域いっぱいまで思い切り悲観に振っておく。

第二に、万が一うまくいった時に、ものすごくうれしい。大体はうまくいかないのですが、それでもたまにうまくいくことがあります。うまくいかないだろうと事前に悲観的に構えておくと、うまくいった時に大変気分がイイ。ヘタな楽観主義よりもずっと幸福度が高い。ここに絶対悲観主義者の喜びのツボがあります。

 

若い人にこそおすすめ プライドは後回し

第三の利点は、悲観から楽観が生まれるという逆説にあります。絶対悲観主義者はリスク耐性が高い。リスクに対してオープンに構えることができます。

起業家志向の若者にアドバイスを求められることがあります。自分で起業したいのだけれど、やはりリスクが気になる。どうしたものか――この手の質問を受けた時、僕は「何の心配もありません。絶対にうまくいかないから」と言うことにしています。必ずといっていいほどイヤな顔をされますが、現実はそういうものです。

能力に自信がある人ほどプライドが高い。そういう人は失敗した時に大いにへこみます。プライドは仕事の邪魔でしかありません。傷付くのが嫌で怖いから身動きが取れなくなる。動く時にも何とか失敗を避けようとするので、ヘンにみつな計画を立てる。もちろん計画通りにいくわけはないので、ますます疲弊するという悪循環に陥ります。

もちろん仕事には誇りを持たなければいけませんし、その意味でのプライドは大切です。ただし、プライドを持つのはなるべく後回しにしたほうがイイ。ある程度の成果を出して実績を積んでからでも、遅くはありません。若者の最大の特権は時間があることでも、未来の可能性があることでも、体力があることでも、頭が柔軟なことでもありません。「まだ何者でもない」ということです。若い時ほど失敗で被るサンクコスト(埋没費用)は小さい。どうせうまくいかないのだから……という絶対悲観主義は究極の楽観主義でもあります。若い人にこそ絶対悲観主義をおすすめします。

第四に、絶対悲観主義者はリスク耐性だけでなく、失敗が現実のものになった時の耐性も強くなります。ちょっとやそっとのことではダメージを受けません。絶対悲観主義者にとって、失敗は常に想定内。うまくいかなくても、淡々と続けていくことができます。

 

地に足の着いた自信を手に入れよう

第五に、絶対悲観主義の最も重要な利点として、すぐにではなくても、10 年ほどやっているうちに自分が持つ固有の能力なり才能の在処がはっきりとしてきます。絶対悲観主義の構えで仕事をしていても、事前の期待が良い方向に裏切られ、時々うまくいくことがある。先述したように、この時にやたらとうれしくなるのが絶対悲観主義のイイところなのですが、そうした望外の喜びがたまに連続して起こることがあります。そこに自分の固有の才能が見え隠れしています。

絶対悲観主義者は「○○が上手ですね」、「××が得意ですね」と人に言われても真に受けません。謙虚なのではありません。自分の能力を軽々しく信用していないのです。それでも、そういう評価を複数の人から繰り返しもらい続けると、悲観の壁を突き破って、ようやく楽観が入ってくる。これは思い込みではなく、本物の楽観です。

絶対悲観主義と矛盾するようですが、仕事において自信は好循環を生み出すとても大切なものです。ただし自ら「あれができます」、「これができます」と言っているうちはまだまだです。悲観を裏切る成功が続いて、ようやく自信が持てるようになります。これは独りよがりの思い込みではなく、地に足の着いた自信です。

繰り返しますが、やるべきことは事前の期待を思い切り悲観の方向に振っておくだけ。コストゼロ。所要時間1秒。電波も電源も要りません。ぜひお試しください。

 

楠木 建〈くすのき けん〉

経営学者。1964年、東京都出身。1989年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同大学イノベーション研究センター助教授、一橋ビジネススクール教授などを経て、2023年から一橋ビジネススクール特任教授。専門は競争戦略。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『絶対悲観主義』などがある。

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