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誠心誠意の判定でサッカーを支えたい

プロフェッショナルレフェリー 西村雄一

誠心誠意の判定でサッカーを支えたい

2019.05.15

プロフェッショナルレフェリー 西村 雄一  〈にしむら ゆういち〉

1972年東京都生まれ。小学生からサッカーを始め、高校生の時に関わった試合での、審判の判定ミスをきっかけに審判員を志す。1990年に4級審判員資格を取得し、1999年に1級審判員に。2004年にプロフェッショナルレフェリーとして契約、国際主審にも任命される。2010年FIFAワールドカップ南アフリカ大会では4試合で主審を務め、2014年に行われたFIFAワールドカップブラジル大会では開幕戦のブラジル対クロアチアで主審を担当。2014年に国際審判員を退任、現在はJリーグなどで活動している。

 

 

写真=本間伸彦

2014年のFIFAワールドカップブラジル大会の開幕戦ブラジル対クロアチアで主審を担当した西村雄一さんは、日本で13人しかいないプロフェッショナルレフェリーの一人です。数々の国際試合の難しい場面で的確な判定を下し、世界各国の選手やメディアから高い評価を受けました。レフェリーに求められる役割や、正確な判断をする難しさ、仕事の醍醐味について伺いました。

お互いを理解し合い合意点を見つける


-- 背筋がピシッと伸びていらっしゃいますね。姿勢も、レフェリーの仕事に関わりがあるのでしょうか。

そうですね。背筋が曲がっていると、どんな判定をしても自信がなさそうに見られてしまう可能性があります。堂々としていることはレフェリーの大切な要素の一つです。

-- 選手だけでなく、競技場やテレビで見ている観客にとっても、説得力が違うということですね。

はい。レフェリーが下す判定は、一方のサポーターにとっては良いものでも、他方のサポーターには不満である場合があります。それでも「この判定なら仕方ない」と納得してもらえるよう、自信を持って臨むことが重要です。シグナルを出す時にも、まっすぐに手を挙げて指を伸ばせば力強く鋭い印象になります。ひじや指を緩めると、印象が弱まります。

-- シグナルの出し方もその場に応じて変えているのですか。

はい。例えば、選手がファウルをしたと自覚している時に、突き付けるようにカードを出す必要はありません。選手が自分のチームを救う覚悟でファウルを行ったような時には、「その覚悟を受け止めたよ」という気持ちが伝わるようにカードを出しています。

-- カードを突き付けて、罰則を与えているわけではないということですね。

そうです。カードを出すのは、選手に対してではなくその行為に対してです。どんな行為がイエローカードやレッドカードに相当するかは、全てルールで決まっています。どんな行為があったのかを、選手や観客など全員にわかるように出しているんです。

-- 「今、起こったことはイエローカードに値することですよ」とみんなに知らせているということですね。ファウルと判断されて、不満を持ってレフェリーに向かってくるような選手には、どう対応されるのですか。

そのような場合は、まず相手に落ち着いてもらうことが大切です。レフェリーに乱暴な行為をすれば、イエローカードではなく退場になってしまいます。アンガーマネジメントでは、怒りの感情は6〜10秒ほど間を取ると持続しないといわれています。少し離れた場所に呼ぶなどして相手を落ち着かせてから、注意するようにしています。

-- 国際大会では、英語で選手と話をされるのですか。

いいえ、英語の通じない選手もいますから、言葉には頼りません。笛やシグナル、ジェスチャーを使い、視線や表情、距離感、身体の動きなどで判定を伝えます。また、選手の所作から何を考えているか読み取り、合意を形成します。

-- 言葉が通じない相手にも誤解なく伝わるコミュニケーション能力が必要なのですね。

レフェリーの仕事は、ゲーム全体をマネジメントし、選手に活躍してもらえるようにすること。そのために、選手と意見が食い違った時には、お互いを理解して合意点を見つけ出します。カードを出すような事態にならないのが一番いいんです。選手は多くの人に夢や感動を届ける存在で、選手が活躍してくれるほど試合は面白くなります。ファウルがあったとカードを示すのは、レフェリーにとって悲しいことです。

-- レフェリーと選手の間に信頼関係があるからこそ、試合が成立しているのですね。

選手同士だけでなくコーチや観客など、試合に関わる全ての人に感謝し、お互いを信頼し尊重するのが、サッカーのリスペクトの精神です。もちろんレフェリーも、サッカーファミリーの一員です。

2014年FIFAワールドカップブラジル大会のブラジル対クロアチアで、イエローカードを掲げる西村さん 写真:ロイター/アフロ

 

正しく見るために必要な力

-- 西村さんは数々の国際大会で主審を務められています。レフェリーはどのように選ばれるのですか。

例えばワールドカップに指名されるレフェリーは、FIFAが開催するさまざまな世界大会や各大陸での予選会などで笛を吹いた人たちから3年ほどかけて選ばれます。各大会は、レフェリーにとって実力を発揮し、選考される場所になっているんですよ。

-- どういうレフェリングをするかは、大会によって決まっているのですか。

はい。世界中から集まってきたレフェリーは、開幕前にセミナーに参加して、ファウルに対する判定基準を一定にそろえます。

-- レフェリーによって、判定が違うということをなくすんですね。ファウルなどが起こった時に状況を見極める力は、どのように鍛えているのですか。

周辺視のトレーニングを行っています。人間の目は、中心に見えたものにフォーカスを合わせながら、周辺に見えたものは、どう処理するか脳が判断しているんです。一点にフォーカスを合わせながらも、フォーカス外のものにも反応できるように、周辺視に対する意識を高めています。

- なるほど。一試合を走り抜く体力も、維持しておかなければなりませんね。

試合では90分で10〜12キロ走ります。審判員の資格を維持していくために、フィットネステストに合格する必要があります。試合当日に向けてベストコンディションで臨めるよう調整も必要です。速さの違う5段階の走り方をまんべんなく鍛えたり、前後左右に素早く移動するアジリティ・ステップワークを整えています。

- 試合中は、どうやって選手に追いつくのですか。俊足の選手も多いですよね。

選手に追いつこうとはあまり考えていません。サッカーは点を取って勝ちにいくスポーツなので、チームの一員になったつもりで、どういうふうに攻撃したいのか考えると、チームの動きがわかりやすいです。この選手で点を取りたいから、この守備を外して、息を合わせてゴール前へ……という具合です。そのような攻撃のチャンスは、だいたい2分に1回くらいありますね。

-- どうやって試合の流れを追っているのですか。私はサッカーの試合を見ていても、選手がどこにパスを出すか予測できないのですが。

パスを受ける準備ができている選手は必ず合図を出します。周辺視を使ってそのような合図を探し、連動しています。

-- ボールと自分の間にほかの選手がいたら見えなくなってしまいますよね。立ち位置はどうやって決めるのですか。

目の前を選手が横切るタイミングを調整して、クリアな視界をいつも確保するようにしています。ファウルを見逃さないように、ボールを持っていない守備側に焦点を当てて、周辺視で攻撃側を見ています。

-- 試合中にたくさんのことを同時に考えながら動いているのですね。副審はどのようにサポートするのですか。
主審の動きを意識しながら、主審が見えなかったようなところを重点的に見ています。チームワークが重要です。

-- 大変な役割ですね。レフェリーに必要な資質はどんなものですか。

特別な才能は必要ありませんね。勉強すれば誰でもレフェリーになれますよ。フィールドでは動くこと、見極めること、マネジメントの三つを繰り返しています。先輩たちが経験したことを学んでフィールドで実践し、決断力を鍛えて、同じ失敗をしないように気を付けながら、自分のレフェリングを極めていきます。失敗したらそこから学んで改善策を見出して、また次の試合にチャレンジすればいいと思います。

-- 試合中は、ご自身はどのような感情でいるのですか。

個人として「このプレーは許せない」というようなスタンスでは、冷静な見方はできません。でも、選手の気持ちをわかってあげることも大切なので、あまり冷静すぎてもよくないですね。選手たちとある程度同じテンションを保ちながら、何か起こった時には、選手たちに落ち着いてもらうためにはどんな自分を表現すればいいのかを、考えて行動しています。

-- 自分の気持ちもコントロールしていらっしゃるのですね。そんななかでトップクラスの優秀なレフェリーが、ワールドカップで笛を吹ける。

ボール1個で多くの人々を幸せにできるのがサッカーです。FIFAの活動は、ワールドカップを通じてたくさんの人に幸せを届けたいという思いに基づいています。世界中、悲しいニュースが飛び交っているけれど、せめてワールドカップ期間中はサッカーに熱中して、明日への生きる糧にしてほしいという思いですね。

 

判定に責任を持ち、魅力ある試合に

-- 選手の心をマネジメントするには、アンガーマネジメントなど、心理面の勉強も必要ですね。

はい。問題解決能力や論理的思考、コミュニケーション能力なども大切です。レフェリーの語源は「refer(委ねる、任せる)」です。日頃から「あの人に任せると期待に応えてくれる」というような信頼を得ていることが、マネジメントの根本です。日本には約30万人の審判員がいますが、ほとんどは本業を持ちながら、大好きなサッカーを支えていきたいという思いで活動しています。それぞれ、職業や社会的な立場を通して築き上げてきた能力を、レフェリングに活かしていますよ。

-- 西村さんはどんなタイプのレフェリーなのですか。

私は元営業マンなので、いい商品を通して徐々に信頼関係をつくっていくのがスタイルです。きちんとした判定を出し続け、選手と信頼関係ができれば「あなたの言うことなら」と判定を受け入れてもらいやすくなるのです。これを英語で「セル・ザ・ディシジョン(判定を売り込む)」といいます。長くレフェリーを続けて判定を信頼してもらえるようになり、選手同士がリスペクトし合いながら技を競って、勝っても負けてもその結果を受け入れることができるというのが、理想的な試合ですね。

-- いい試合なら、レフェリーの出番は少なくなるのですね。逆に「誤審ではないか」などと議論になる時にはレフェリーが矢面に立たされることになってしまい、なんだか報われないというか……。

それがレフェリーなんです。2014年のブラジルワールドカップの開幕戦の時のように、どんな判定をしても、全ての人に納得してもらえないこともあります。PKを取ったことで批判を受けましたが、もしPKを取らなかったとしても、批判されていたはず。あの時にPKを取らなかったならば、レフェリングとしては事実誤認のクオリティの低いものになったと考えています。

-- 批判を受けて落ち込むようなことはありませんか。

正しい判定をしても批判を受けることはあるので、落ち込むことはあまりないですね。サッカーは判定を含めて楽しんでもらえるスポーツです。判定が合っているかどうかを議論するのも楽しみの一つなんです。ただ、自分の努力が至らなかったような時には落ち込みますね。

-- ファウルがあったかもしれないけれど、その現場を見られなかった時ということですか。

そうです。そのような時に大切なのが正直さです。推測に基づいた判定をしてしまうと、間違っていた時に大きな問題になりますし、選手からの信頼もなくなります。判定不能という場面はなるべくなくしていきたいですが、起こってしまった場合は勇気を持って、正直に反省するのが大事です。

-- 今後、機械による判定は増えていくのでしょうか。

現在ではゴールにボールが入ったかどうかの判定など、機械化されている部分もあります。しかし、感情を含めて選手の心をマネジメントする必要がありますし、判定が人に委ねられているからこそ魅力あるサッカーになると思います。

-- レフェリーと選手の心のやり取りが試合に与える影響は大きいのですね。

試合が荒れた時の選手たちのメンタルマネジメントを行うのは、機械には難しいのではないでしょうか。フェース・トゥ・フェースの距離感で感情の高ぶりをしっかり感じて、受け止める必要があります。レフェリングを極める努力は変わらず続けなければならないと思います。

-- VAR(ビデオ判定)、無線システムなど、レフェリーの使う道具もどんどん進化しています。

機械を使うことでレフェリーのミスが減るのであれば、ぜひ導入すべきです。レフェリーはいつも、間違った判定で選手の運命を変えてしまわないように努力しています。技術の進歩で試合を見る「目」や考え方が増えますから、これをまとめあげるのが、レフェリーの今後の課題ですね。

 

ジェスチャーや表情も駆使して選手との合意を形成する(2014年AFCチャンピオンズリーグ 決勝第2戦) 写真:ロイター/アフロ

フィールド上で若い選手を育てたい

-- 西村さんがワールドカップで笛を吹かれた時、「微笑みの審判」と呼ばれました。

意識して笑顔をつくろうとはしていないんです。大好きなサッカーに関わり、選手と同じフィールド上で同じ空気を吸い、一緒に汗を流して感動を味わえるのはレフェリーの醍醐味。数ある素晴らしいプレーを間近で見られるのは幸せですね。その気持ちが表情に出てしまったのかもしれません。

-- これまでで、特に印象に残っている試合はありますか。

東日本大震災後のチャリティーマッチです。多くの方々が犠牲となり、日本のサッカーは3週間、活動を全て停止しました。そうした状況下で「もう一度前に進もう」という姿勢を示した試合でした。三浦知良選手のあのゴールは忘れられません。サイレンの音を黙とうの合図にすると、震災を思い出させるからと、試合開始前には笛の合図で、犠牲者に黙とうを捧げました。それが、私が今までで一番緊張した笛ですね。

-- 選手との信頼関係をつくってきたベテランのレフェリーとして、西村さんに期待されていることは何ですか。

どれだけ難しい試合でも何とか収めて、未来ある選手がのびのびと活躍する場をつくることです。選手たちのために全力を尽くして、サッカーを支えていきたいです。

-- レフェリーのおかげで、若い選手が将来、世界に羽ばたいていけるのですね。本日はありがとうございました。

 

と き:2019年1月25日
ところ:東京・文京区のJFAハウスにて

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