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「自分とは何か?」が生んだ、マウスの透明化技術

生命科学者 上田 泰己

「自分とは何か?」が生んだ、マウスの透明化技術

2019.03.18

生命科学者 上田 泰己〈うえだ ひろき〉

1975年福岡県生まれ。東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻システム薬理学教室教授。理化学研究所 生命機能科学研究センターチームリーダー。専門はシステム生物学、合成生物学。1994年に東京大学医学部に入学し、在学中からソニーコンピュータサイエンス研究所研究アシスタント、ERATO北野プロジェクト研究アシスタント、山之内製薬契約社員として研究を行う。大学院在学中の2003年、理化学研究所システムバイオロジー研究チームリーダーに就任。2009年に同研究所のプロジェクトリーダー、2011年にグループディレクターを歴任。その間、東北大学、徳島大学、大阪大学、京都大学などの客員教授なども兼務。2013年より現職。

写真=本間伸彦

 

細胞が一つたりとも欠けないまま、向こう側が見えるほどに透き通ったマウスの脳。この透明化の技術を世界で初めて開発し、睡眠や覚醒のサイクルの謎に取り組んでいるのが、東京大学教授・理化学研究所チームリーダーの上田泰己さんです。最先端の研究内容や、研究の原点、今後の展望などについて伺いました。

 

眠りの研究過程で開発した透明化技術

-- マウスの透明化に成功されたと伺いました。ネズミが、クラゲみたいに透明になるということですか?

見ていただいた方がわかりやすいと思います。これが、透明化する途中のマウスの脳です。30グラムほどの手のひらに乗るくらいのサイズのマウスで、脳は0.5グラムほど、小指の先ほどの大きさです。そしてこれが、透明化が完了したものです。

 

-- あれっ、なくなっちゃいました。うーん、よく見ると、うっすら皮みたいなものが見えます。

この中に、脳全体が入っています。

 

-- えーっ。本当に透明ですね。なくしちゃいそうです(笑)。透明だけど、同じものが入っているということですよね。

そうです。細胞は一つも失われていません。脳は、脂質やたんぱく質や水からできています。いろいろな物質があると、光が通っていくスピードがそれぞれ異なり、光が曲がってしまいます。ですから、薬品に浸けて、光を遮る脂質を溶かして取り除き、水をたんぱく質と同じような性質に近付けて、光が真っ直ぐ進むようにしてやるんです。そうすると、周りの物質と見分けがつかないくらいに透明になります。これを染色すると、この脳の中にある8000万以上の細胞を観察できるようになるんですよ。

 

-- なるほど。何のために、このマウスの透明化技術を開発されたのですか。

脳の中の、眠りや目覚めを司る中枢はどこなのかという問題が、いまだにわかっていないので、これを解明するためです。生命科学の分野では、1990年代の終わりから2000年代の初めにかけて、人や生物が持つ遺伝情報を全て読むことが可能になり、複雑な生命現象に関する研究が盛んになりました。僕が大学生になり、体内時計の研究を始めたのがこの頃です。2010年頃からは睡眠と覚醒のサイクルの研究を始めました。この時に、遺伝子だけでなく、私たちの体を構成している全ての細胞を観察できないかと考えるようになり、2014年に透明化技術を開発しました。透明化技術で細胞一つひとつが観察できるようになったことで、2018年には、脳の部分ごとの機能の違いや、どの場所に何個くらい細胞があるかを表した「脳の地図」が完成しました。

 

-- 細胞を見ると、その細胞がどんな働きをしているかわかるのですか。

その細胞がどんな物質を作っているか調べると、どんな活動をしていたかがわかります。例えば、薬を与えたマウスの脳を取り出して、その時点で固定する処置を行い、透明化して全細胞解析すると、その薬によって細胞がどのくらい活動したのか、または活動を止めたのか、調べることができます。

 

-- 昆虫や植物も、透明にできるんですか?

できますよ。2015年には名古屋大学のグループがこの手法を応用して、植物の透明化に成功しました。ダンゴムシやカニを透明化させたグループもあります。目的に応じて技術の改良が進んでいます。

 

-- 昔、携帯電話やゲーム機のスケルトンがはやったのを思い出します。やっぱり、人はいろいろなものの中身がどうなっているか知りたいんですね(笑)。

透明化マウス(全身)

「自分とは何か?」が研究の原点

-- このような研究を手がけられるようになったきっかけは、何だったのでしょうか。

小学生の頃、急になんとなく寂しく感じて、自分とは何だろうと考え始めたことがありました。世界から放り出されるような感覚になったのを覚えています。それから、何とか自分を自分で位置付けたいと考えるようになりました。それまでは無防備に世界を見ていたのが、世界の遠くを見るようになって、それを見ている自分を自分で見るようになった時期だったのでしょうね。
自分の内面に近付いていくためにはどういうふうに行ったらいいのかと考えた時に、私自身、言葉にはあまり自信がなかったんです。言葉という曖昧あいまいなもので、曖昧なものにアプローチするよりも、確立された手法を使って事実を積み重ねていく自然科学がいいだろうと感じました。物やエネルギーという医学が対象にしているものを、自然科学の手法で捉えるという方向に進んだのです。

 

-- とても深い疑問を持たれたんですね。体内時計や睡眠の研究を通して、人の内面に近付いていきたいと考えられたのですか。

そうです。医学が前提にしている健康や意識、生命科学が前提としている生命といった重要な概念は、自明なようでいて、非常に捉えがたい問題です。こういう問題に取り組むことなら自分でも貢献できるのではないかと考え、まずは時間をテーマに選び、研究をスタートしました。いつか内面につながると信じて研究を続けています。

 

-- この透明化の技術を活かして、そのような難しいテーマに答えが出るかもしれないのですね。

透明化以外にもさまざまな手法で、脳の中の時間という問題にアプローチしています。そのうちの一つが、マウスのある遺伝子を壊してしまう技術です。生命現象にどの遺伝子が関わっているか調べるためには、その遺伝子を失ったマウスを用意しなければならないのですが、それにはこれまでとても時間がかかっていました。

 

-- どのくらい時間がかかっていたのですか?

だいたい2年くらいです。マウスが生まれてから、子どもを産むようになるまでに約3カ月。狙った遺伝子が完全に失われたマウスを手に入れるには、受精卵に操作を加える作業を5、6世代繰り返す必要がありました。しかしこれを工夫し、1回の操作で可能にすることで、約3カ月で実験に使えるマウスが手に入るようになりました。現在は、新しいアイデアをすぐに実験に移し、3カ月後にはその結果が出ます。3カ月前
に議論した内容の実験結果が、毎週新たに報告されている状態です。ここから新たな発見が次々に生まれています。

 

-- 研究のサイクルがぐっと速くなったんですね。

2016年には、眠りを阻害するといわれていたカルシウムが眠気のもとになるということと、そのカルシウムを感知する実体を発見しました。また、夢を見やすい睡眠(レム睡眠)に関わる二つの遺伝子を発見し、2018年に発表することができました。

 

-- レム睡眠に関わる遺伝子がわかったということは、その遺伝子を刺激すれば、寝ている時に、見たい夢が見られますか?(笑)

いい着眼点です(笑)。PTSDなどトラウマに悩まされている患者さんのレム睡眠を減らすことで、治療に良い効果を生むという方向で、研究が進められています。

 

-- なるほど。レム睡眠を少なくすることができれば、心も体も深く休めますね。

ほかに、動物の睡眠を測る新しい方法も確立しました。これまでのように大掛かりな脳外科の手術をするのではなく、寝息で簡便に睡眠を測定できます。動物は寝ている時と起きている時で息の仕方が違うので、寝息によって睡眠と覚醒のパターンや眠りの深さを測り、眠りにどんな遺伝子が関わっているかを調べています。その遺伝子は当然、人にもあるので、人の睡眠にも応用できます。

 

-- 眠れない人の眠りの遺伝子を刺激してあげたら、眠れるようになるかもしれませんね。よく睡眠中の脳波を測ることがありますが、寝息を測ると、また違うことがわかるのですか。

脳波だと、寝ているか起きているかはわかりますが、どこが寝させているのか、その命令を出している場所がわからないのです。体内時計の場合は、脳のさまざまな場所を壊してしまう実験で、脳の中のどこに中枢があるのか、明確にわかっています。睡眠の場合はなかなか難しく、まだわかっていません。もしかしたら脳全体が寝ているように見えても、明確な中心はなく、一つひとつの細胞が寝たり起きたりしているのかもしれないと考えています。

睡眠の研究がさまざまな分野の謎を解く

-- 今後はさらに、さまざまな分野に睡眠の研究が活かされていくのでしょうか。

例えば、透明化の技術を使って、病気の状態にしたマウスや、薬を投与したマウスの脳の、どの場所の細胞がどのように活動を変えたかを調べています。これが脳の病気の原因や仕組みの解明、薬の開発につながるかもしれません。法医学の先生から、透明化の技術を応用して、人の死因や自殺の原因を調べることができないかというお話もあります。

 

-- 人の脳も亡くなった時点で固定して、透明化すれば、その時どういうことが起きていたかわかるのですね。

そうです。また、脳以外の臓器にも応用することができます。がんの細胞がどういうふうにほかの臓器に転移しているのか解明し、がんを制御しようという研究もありますよ。がんや免疫系の病気は、体の中のたった一つの細胞の障害から始まり、時間をかけて体全体をむしばんでいくといわれています。その原因を見つけるのは大変ですが、全細胞解析なら、精度よく見つけることができるかもしれません。

 

-- いろいろな病気の原因がわかれば、病気の対処の仕方もわかるのでしょうか。

すぐに病気の治療に結び付くかどうかはわかりませんが、そこにつながる研究のきっかけには必ずなると考えています。睡眠の研究も、脳の病気の仕組みの解明や治療につながりかけているんですよ。うつ病や統合失調症、アルツハイマー病やパーキンソン病などの場合は、眠りのパターンが変わってきます。

 

-- 上田先生のご研究が、さまざまな分野に応用されているのですね。別の分野の専門家の方と一緒に研究されることも多いのですか。

透明化した細胞を見るためには特別な顕微鏡が必要です。これは物理学者に新たに作ってもらっています。そのほかにも、人間を理解するために、医学だけでなく化学や工学、情報科学など、さまざまな知識や手法を取り入れています。計算機やAIも、最先端の研究の重要な道具立てなんです。私の研究室にはいろいろな専門分野の研究者が集まり、毎週一度のミーティングで進捗を共有しながら、同じ目的に向かって研究しています。講師や助教、学生、研究員、スタッフなど立場もさまざまです。

 

-- 違う分野の専門家の方が集まることで、見えてくるものがあるのですね。

僕が研究を始めた頃には夢物語だったことが、今現実になりつつあると感じています。当時は、人そのものは複雑すぎて、遺伝子や細胞の研究が最先端でした。でも将来は、生命現象や病気の仕組みそのものの研究を通して、人そのものを直接、真正面から相手にしていくような時代が来るような気がしています。睡眠など人の生命現象を測って、一人の人の全遺伝子を解析して、一人ひとりの個性と眠りのパターンの関係などが見えるようになるかもしれません。その未来をつくっていくのが、今とても楽しいんです。

 

-- 20年ほどの間でそんなに変わってきているのですね。朝型・夜型なんていうものも、今まで何となく感じていただけですが、遺伝子と関係あるかもしれませんね。

実際にそのような研究が進んでいますよ。イギリスで行われた調査で、朝型・夜型に関係する遺伝子がわかってきています。睡眠以外にも、心電図などでさまざまな生命現象を家庭で簡便に、長期にわたって測れるようになり、情報がたくさん集まれば、病気に関する研究が進んで病気が予防でき、亡くなる人の率が下がると思います。

 

できない理由を突き詰めて不可能を可能に

-- 上田先生ご自身は、今後どんな方向で研究を進めていかれるのですか。

僕自身のライフテーマは、体の中の時間の理解です。2000年頃に始めた細胞の中の時間という問題が形になり始めたので、2010年頃から、頭の中の時間がどう数えられているかを調べるために睡眠と覚醒のサイクルの研究を始めています。時間の研究として始めた睡眠と覚醒サイクルの研究も、進めていくうちに徐々に他の頭の中の問題につながりつつありますので、最終的な目標としている内面の問題に近付いている手ごたえを感じています。

 

-- これからの研究生活でも、人の内面というところを目指していかれるのですね。

眠りを研究することで、その外堀が少しずつ埋まっていっていると思います。例えば、意識がある状態とない状態を区別し、意識があるというのはどういう状態なのか解明するのは、非常に難しいことです。しかし、眠りには深い眠りと浅い眠りがあり、深い眠りの時には意識はなく、浅い眠りのうちレム睡眠の時には意識があるといわれています。眠りの研究によって、意識を科学のまな板の上に載せるきっかけをつかめるかもしれません。

 

-- 研究で行き詰まった時や、うまくいかない時はどんなふうになさっていますか。

大事なのは、行き詰まったその地点まで議論を深めて、なぜそれができないのか突き詰め、分解することです。頭が自動的にその問題を考えるくらい突き詰めていくと、全く違うシチュエーションの時に答えを思いつくことがありますよ。ちょっとやそっとがんばったところで解けないような問題は、楽しむのがいいと思います。研究をしているのは、不可能を可能にするためです。そのために研究者は、いるような気がします。世界中で誰もできないことなら、できなくてもマイナスにならないばかりか、一回でも成功すればプラスになります。生涯かけてもできるかわからない、そんなテーマを人生で一つ持っておくと、楽しいんじゃないかと思います。

 

-- 本日は、専門的な内容をわかりやすくお話しいただき、ありがとうございました。


と き:2018年12月25日
ところ:東京大学本郷キャンパスにて

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