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宇宙が教えてくれたこと

三洋化成ニュース No.519

宇宙が教えてくれたこと

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2020.03.10

東京理科大学特任副学長 スペース・コロニー研究センター長 
向井 千秋  Chiaki Mukai

1952年生まれ、群馬県出身。医師、医学博士。1977年に慶應義塾大学医学部を卒業し、同大学医学部外科学教室医局員として病院での診療に従事。1985年、NASDA(現JAXA)に第一次材料実験のペイロードスペシャリスト(搭乗科学技術者:PS)として毛利衛、土井隆雄とともに選定される。1994年と1998年の2度、PSとしてスペースシャトルに搭乗。その後も地上から科学実験に関する管制業務を遂行するほか、国際宇宙大学客員教授、JAXA宇宙医学研究センター長などを務める。

写真=本間伸彦

アジア初の女性宇宙飛行士としてスペースシャトルに2度搭乗し、ミッションを遂行した向井千秋さん。宇宙飛行の経験を活かし、国際宇宙大学や東京理科大学で教鞭を執るほか、スペースコロニーの研究にも従事しています。宇宙を目指した当時の思いや、無重力空間で感じたこと、宇宙開発の意義や今後の展望について、お聞きしました。

宇宙飛行は、自分の世界を広げるチャンス

-- 向井さんが宇宙飛行士を目指したきっかけは何でしょうか。
1983年、心臓外科医として働いていた時に、新聞に載っていた日本人宇宙飛行士の一般公募の記事を読んだことです。当時、宇宙開発といえば、アメリカやロシアの軍が行うものというイメージでしたから、まず、日本人が宇宙に行ける時代になったことに驚きました。記事を読むと、日本は宇宙開発を科学技術や教育の発展のために行うとあり、宇宙飛行士として、技術者や研究者、教育に携わる人などが募集されていました。これを見て「地球での職業を、宇宙という環境に展開できる、すごい時代に私は生きているんだな」と感激し、「宇宙で仕事をしてみたい!」と思いました。

-- 医師としてのご経験が宇宙で活かせそうだったということでしょうか。
それだけでなく、人間として視野を広げることができる、またとないチャンスだと思いました。募集要項には、宇宙で行う材料科学や医学のさまざまな実験や、宇宙飛行をするために必要な特殊医学検査の内容が書かれていて、病院で働いている私でも知らないことばかり。非常に面白いなと思いました。一つの専門分野に固執していると、自分の世界が閉じてしまいますからね。

-- 当時知らなかった、全く新しい分野に興味を持たれたのですね。
心臓外科も、さまざまな人たちと包括的にチームを組んで治療をしますから、専門分野をまたいだプロジェクトには慣れていました。工学分野の技術者と連携して人工心臓や人工血管、手術に使う凝固剤などを開発したり、患者さんの社会的な立場を守る移植コーディネーターがいたり。宇宙研究も同じで、工学や情報・通信などさまざまな異分野と連携する必要があり、国際協力も大切です。ダイバーシティーを認めるだけでなく、積極的に取り入れないと、宇宙研究はできません。すごく面白いですよ。

-- それはワクワクしますね。でも、医師としてのキャリアを捨てて、宇宙飛行士として踏み出すのは、とても勇気がいることではないでしょうか。
医学は、診療と研究と教育の3本柱で、患者さんを直接診ることはなくても、医学から離れるわけではないんです。研究や学位論文の執筆のために、アメリカの大学に留学する人もおり、当初は、NASAにちょっと留学するというようにイメージしていました。でも、人生はそんなに甘くありませんでした。スペースシャトル・チャレンジャー号が打ち上げ直後に爆発し、乗組員が全員亡くなるという事故が起こったのです。事故の調査やスペースシャトルの安全性
の見直しが行われ、宇宙飛行の計画は全て中断されました。

-- では、宇宙飛行ができるかどうか、わからなくなってしまったのですね。
そうなんです。シャトルがいつ飛ぶかわからないので本当に悩んだんですが、宇宙に行くことを諦めず、とにかくやってみようと思いました。当時は工学系や航空系の宇宙飛行士が多く、バイオサイエンス系の宇宙実験ができる飛行士が少なかったので、私の心臓外科医というバックグラウンドが、チャンスにつながると考えたんです。

 

1994年7月、向井千秋さんが搭乗した スペースシャトル「コロンビア」  (写真提供:JAXA/NASA)

宇宙開発が拓く科学の新たな地平

-- 宇宙実験とは、どのようなことをするのですか?
重力がないことを利用してさまざまな実験をすると、地球上ではわからないことがわかります。例えば水が沸騰する時、地球上では空気の泡がお湯の上に出ていってしまいますが、宇宙なら、気泡ができた場所にそのままとどまります。だから、その気泡がどこからどのようにできたか、二つの気泡がくっついて一つになる時にどのような力が働いているのか、観測しやすいんです。世界中の企業や研究機関が実験の案を出してきて、そのなかから飛行中に100ほどの実験をしました。

-- その実験の様子は地球にも中継されて、たくさんの人たちが見守るのですね。とても重大な任務です。
そうですね。普通、実験は、始めの数回は手技が一定せず、結果がばらついてしまいます。しかし宇宙では試料の数も時間も限られていますから、やり直しができません。そのため、事前に入念に準備や練習をしました。パラボリックフライトといって、地球上で、飛行機で2000メートルほど急降下すると、20秒くらい無重力状態になるんです。何度もこのパラボリックフライトをして、装置の使い方や、実験の手技を練習しました。地球上での実験結果との比較対照も大切ですから、スペースシャトルの打ち上げは中断していても、地球上でやるべきことはたくさんありました。

-- 7名の方が亡くなった悲しい事故でしたが、そのために宇宙研究の機運が衰えたわけではなく、むしろ発展の礎になったんですね。
その通りです。アメリカではこの時、スペースシャトル計画を再開させるべきだという声が非常に多かったんです。宇宙研究はこれまで誰もやったことのない、最先端のチャレンジ。人間のすることに完璧はありませんから、新しいことをすれば失敗は必ず起こります。ですから、リスクを恐れてチャレンジしないのではなく、失敗から学んで、失敗を乗り越えようという姿勢が大切です。今、日本は完璧主義で、失敗を許さない世の中になってしまっています。もう少しおおらかに、失敗を受け入れてもいいと思います。

-- 宇宙開発のそのような気概が、たくさんの人に勇気や希望を与えているのですね。

宇宙と地球の違いから生まれる可能性


-- シャトルの中を浮遊する向井さんの姿はとても印象的でした。無重力空間で過ごすのは、どんな感じでしたか。
作用・反作用の法則で、押しているものは相手から押される、ということがよくわかりました。地球上では私たちは地球を押しているけれど、体重があるから地球から離れません。でも、宇宙ではぷかぷか浮いてしまいます。本は、ページ同士が押し合って、蛇腹のように開いた状態で浮かびます。衣服も、地球上では重さで体にくっついていますが、重さがなくなると、体と衣服の間に隙間ができるんですよ。

-- そうなんですか。それは少し気持ち悪そうです。
そう、気持ち悪いんです(笑)。私たちの生活では、知らないうちに重力を活用しています。水に混入している物質を、沈殿させたり濾過したりして取り出すことは、宇宙ではできません。私たちの体も、1Gの重力環境に適応しているので、床に落ちているものを拾う時には、上半身の重さをうまく使って拾います。でも宇宙では、体を二つ折りにしようとすれば、かなり腹筋を使うんです。宇宙服を着る時に体を二つ折りにできるよう、地球上で訓練するんですよ。

-- 体を二つに折るのも大変なんですね。
その代わり、宙返りは練習しなくても、簡単に何度もできます。一方で、着地するのが難しい。宇宙と地球それぞれで、できることとできないことがあるから、両方の環境の特性を考慮して宇宙実験をするんです。

-- 宇宙実験によって、いろいろ新しいものが発明できそうです。
たくさんできると思います。例えば、宇宙でアイスクリームが溶けたら、棒の周りに層になってくっつくんです。これを応用すれば、簡単に物全体に均一に塗れるペンキができるかもしれません。一時期は、宇宙に工場を建設して、重力がない状態でしか作れない素材を、大量生産するという発想もありました。でもこれだと地球への輸送費がかかりすぎるので、やはり技術開発を宇宙でするのがいいですね。月で使う建築資材は、3Dプリンターで地球からデータを送って、月面の素材を使って作れると思います。

-- 重力のない状態を考えに入れると、産業も発想が大きく変わるのですね。向井さんのされたライフサイエンス系の宇宙実験の結果も、現在の医学などに活かされているのでしょうか。
はい。地球上では、ちょっとした動作も重力に逆らってするので筋肉を使いますし、骨も体重を支えることで元気に育っています。ですから無重力空間では、骨や筋肉がすごいスピードで衰え、老化のアクセラレータといわれています。それを栄養や運動で防止するのが宇宙医学。長期間宇宙で過ごした飛行士たちは、スタッフに抱きかかえられて帰還しますが、40〜50日リハビリをすれば、再び宇宙飛行できるくらい元気になるんですよ。医学の知識のない飛行士たちに、宇宙飛行の前後や飛行中に行う運動やリハビリについて、教育することも大切です。宇宙では病気やけがをしないことが重要なので、予防医学も発展します。その知見が、地球上でもさまざまな病気の治療やリハビリに活かされています。

-- 
なるほど。地球上では、体が年齢とともに徐々に変化しますが、宇宙では同じ変化が一気に起こるので、老化の研究が進むんですね。

重力が自由に選べる環境ができれば、もっと医療の幅が広がると思っています。けがや病気で、重力のせいで痛んだり症状が悪化したりするような患者さんは、無重力の環境に入院して、折れた骨がくっつき始める時期には、少しずつ重力をかけた方がいいので、0.5Gの病棟に移る、とか。足腰が弱って寝たきりの人でも、0.5Gの環境なら体重が半分になるので、動きやすいかもしれません。スポーツやアミューズメントもきっと面白くなりますよ。今のオリンピックはいかに高く飛べるか競っているけれど、0Gの環境では、いかに早く着地できるかという競技になるかも。魔法使いのようにほうきで空を飛びながらする球技や、人間がピンボールになって壁にぶつかりながらゴールを目指すゲームなども、実現するかもしれません。

 

1998年10月に向井千秋さんが搭乗したスペースシャトル「ディスカバリー」のクルー(写真提供:JAXA/NASA)

月に住むための技術が持続可能な社会をつくる


-- もう一度宇宙に行きたいという思いはありますか。
面白い実験があればぜひ行きたいです。月にも行ってみたいですね。月は6分の1Gですから、また重力環境が違うと思います。アメリカは、アルテミス計画で2024年の月面有人着陸を目指しています。

-- もうすぐですね。一般の人でも宇宙に行けるような時代は来るのでしょうか。
すぐにそういう時代が来ますよ。今は宇宙開発に産業界がどんどん参入し、ロケットもNASAと民間企業が協力して造っています。民間人の宇宙飛行士もいます。商業利用が進めば、誰でも気軽に宇宙旅行に行けるようになると思います。またそうでないと、宇宙研究が進んだとはいえません。日本ではいまだに、厳しい選抜試験で選ばれた人しか宇宙に行けないというイメージがありますが、もうそんな時代ではないんですよ。

-- 宇宙旅行はもう夢物語ではないのですね。現在、向井さんはどのような研究をされているのですか。
東京理科大学のスペース・コロニー研究センターのセンター長として、月に住むためのプログラムを進めています。大学の縦割りの分野を全てまとめ、企業とも連携して、月に住むのに必要な水や空気、食糧やエネルギーを調達できる、循環型社会をつくる研究をしています。例えば、宇宙ステーションでは水は貴重なので、尿もきれいにして、水として再利用します。便から取った窒素を肥料にしてトマトを育てたり、宇宙空間で壊れたら自己修復する太陽光電池パネルを開発したりもしています。宇宙環境で生活できるようにする研究を進めていくと、地球上でも、厳しい環境に人が住めるようにできますし、災害でライフラインが遮断された時などにも役立ちます。宇宙開発のノウハウを、地球上のSDGsやESGの発展に活かす時代に、私たちは生きているんです。

 

重力という色眼鏡を外して


-- 地球を離れると新しい考え方を取り入れることができて、それがさらに地球の科学の発展に役立つのですね。将来に希望が見えてきます。
特に、若い人たちに、いかに私たちは重力に縛られているか、知ってほしいです。一度パラボリックフライトで無重力を体験するだけでも、全く考え方が変わりますよ。世の中に絶対といえることはないと痛感します。

-- 重力がない状態なんて、想像もつかないです。
そうですよね。無重力の環境で、ネジ回しでネジを回そうとすると、自分がくるっと回ってしまうんです。いつもは地球で、自分がネジより大きくて重いから、当然ネジが回ると思いますが、違うんです。重力に縛られていると、考え方も自分中心になり、自由な発想がなかなかできません。私は、人を相手に議論や交渉をする時も、相手の立場に自分を置いて考えるようにしています。

-- なるほど。まずは重力から自由にならなければなりませんね。
宇宙飛行をしたことで、ニュートンやアインシュタインの偉大さがわかりました。ニュートンはリンゴが落ちるのを見て、小さなリンゴと、私たちの足元の地球という、二つの物体の間に、お互い引き合う力があることに気付きました。作用・反作用の法則は、高校生の時に物理の授業で習ったけれど、私は宇宙に行って初めてこの法則を、実感をもって理解したんです。

-- 確かに、そうですね。
重力を離れて考えるのは、色眼鏡を外すようなものです。生まれながらに青い色眼鏡をかけて生まれてきたら、本当の青色は見えません。私は運良く宇宙に行って、重力という色眼鏡を外すことができましたが、宇宙に行かなくても、重力の眼鏡を外して見ることができた人がニュートンやアインシュタインなんです。拡大解釈すると、幸せという色眼鏡をかけていれば、本当の幸せはわかりません。今の境遇が当たり前だと思ってしまうんです。先入観を外して見れば、ものの本質がわかると思います。

-- 先入観は、どうしたらなくせるでしょうか。
まず、なくそうと思うことが大事ですね。先入観を通してものを見ていると、自分の世界はどんどん狭まってしまいます。自分の価値観が絶対ではなく、違う色の眼鏡をかけている人もいると知ることが、大切だと思います。

-- 実は私はたくさんの色眼鏡をかけているかもしれないと、気付くことができました。本日は、ありがとうございました。

 

と き:2019年11月26日
ところ:東京理科大学 神楽坂キャンパスにて

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