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可愛いきのこが、森の生きものたちを支える

きのこ写真家 新井文彦

可愛いきのこが、森の生きものたちを支える

2020.05.19


きのこ写真家 
新井 文彦  〈あらい ふみひこ〉 Fumihiko Arai
1965年群馬県生まれ。きのこ写真家。北海道の阿寒湖周辺、東北地方の白神山地や八甲田山の周辺などで、きのこや粘菌(変形菌)など、いわゆる隠花植物の撮影をしている。著書に『きのこの話』『きのこのき』『粘菌生活のススメ』『森のきのこ、きのこの森』『もりの ほうせき ねんきん』など。書籍、雑誌、WEBなどにも写真提供多数。 


写真=本間伸彦

2018年初夏号から前号まで2年にわたって、本誌の表紙・巻頭で「きのこの森から」 を連載してくださった、きのこ写真家の新井文彦さん。可愛らしいもの、力強いものなど、色も形もさまざまなきのこが、各号の表紙を飾りました。きのこ写真家になったきっかけや、森の中で重要な働きを持つきのこの生態、阿寒の森への思いなどについて伺いました。

阿寒の森で気付いたきのこの可愛らしさ

-- どのような経緯で、きのこ写真家になったのですか。

実はもともと、きのこには全く興味がありませんでした。北海道で新聞社のコピーライターをしていましたが、阿寒といえばマリモと温泉で有名な観光地という認識で、阿寒の森には行ったこともなかったんですよ。そんな時に知人が、阿寒ネイチャーセンターという会社を立ち上げたので、ちょうど会社を辞めて暇だった僕も、ガイドの仕事を手伝うことになりました。初めて阿寒の森に入った時は「こんなにすごいところがあったのか」と感動しました。

-- その頃からきのこの写真を撮るようになったのですね。

はい。阿寒の森に観光に来るお客さんの目当ての一つは高山植物なんですが、夏を過ぎると高 山植物が少なくなってしまうんです。そこで、一年中生えているきのこをガイドのネタにできないかと考え、調べたことをお客さんに話してみると、なかなか好評でした。 コピーライター時代にはインタビューと撮影を一人で同時にすることも多かったので、その経験を活かしてきのこの写真を撮り、ホームページを作って紹介し始めました。それまでも北海道の美しい風景を撮ることはあったのですが、この頃から「きのこって可愛いなあ」 と思うようになりました。

-- 当時、きのこを専門に撮るカメラマンは珍しかったのではないでしょうか。

そうですね。その頃、きのこの本といえば、図鑑くらいしかありませんでした。図鑑は調べ物をするためのものですから、載っている写真も対象を正確に写したもの。しかしその写真では、僕がいつも森の中で見ているきのこの可愛らしさは、出ていないんです。そこで、きのこを美しく、可愛らしく撮るにはどうすればよいか意識して、試行錯誤しながら撮るようになりました。僕にとって、きのこはモデルさん。このホームページから、きのこの魅力を知ってくれる人が増え始めたように思います。

-- その当時よく撮っていたのは、どんなきのこですか。

赤い笠に白い斑点が特徴で、寒いところによく生えるベニテングタケです。阿寒湖の周辺も亜高山帯なので、たくさん生えていますよ。ヨーロッパでは幸運のシンボルといわれ、クリスマスのモチーフや童話の挿絵、ゲームのキャラクターとしておなじみだと思います。

-- 確かに、この赤と白の配色は、よく見るきのこのイメージです。阿寒の森に来る観光客は、きのこが好きな人ばかりではないと思いますが、そんな方が、きのこの魅力に気付くのはどのような時ですか。

よく人に言われるんですが、僕はきのこを見付けると、「あっ」とか「うわあ」と叫んで、すごくうれしそうに小躍りして近付いていくらしいんですよ(笑)。僕が心の底から面白がっているのが、お客さんにも伝わるのかもしれないですね。

-- そんなガイドさんに案内していただいたら、こちらまで楽しくなってしまいます。

修学旅行で来る学生さんたちのなかにも、つまらなそうにしている子がよくいます。そういう時には、触るとブルブルッと胞子が吹き出すホコリタケや、いい匂いがするきのこなど、とっておきのネタを見てもらいます。すると雰囲気が一変して盛り上がり、帰る時には笑顔になってくれるんですよ。たくさんの人に、阿寒の森のきのこに出会って、生きものとしての面白さを知ってほしいですね。

 

写真で引き出すきのこの魅力

-- このきのこはとても素敵ですね(№518表紙)。真っ白な二つのきのこが、水滴でくっついています。

これはシロコナカブリといって、高さ2センチメートルほどの小さなきのこです。普段は粉を吹いているような質感なんですが、この時は雨粒のお化粧が加わって、イキイキした写真になりました。雨の日は森が元気になって、いい絵が撮れるんですよ。

 

雨の日に、真っ白な二つのシロコナカブリが寄り添う(No.518表紙)

-- 新井さんの写真で見るきのこって、傘の部分に顔がついていそうな気がしますね。なんとなく、人格があるような感じがします。

きのこの可愛さを感じていただけてうれしいです。最近はきのこブームで、アーティストや作家さんなど、きのこをモチーフにした作品を作る方も多いです。可愛いだけでなく、毒があったり、少し気持ち悪い部分もあったり、そういう多面性が、きのこの魅力です。

-- まるで寄り添っている二人のようですね。

構図を工夫することで、見た人がそれぞれ想像力を働かせられるのも、きのこの奥深さだと思います。この写真(№517表紙)は、背景をぼかして木漏れ日が球状になるように写しています。ぼんやりとぼかしたきのこと、光の球がいい割合になるように、何度も撮り直しました。朝日が斜めに差していて、大好きな写真です。

朝日の中、背景をぼかして木漏れ日ときのこを球状にとらえた(No.517表紙)

 

-- 夢の中のような感じがします。こちらは、夜に光るきのこ(№510表紙)ですね。

これはツキヨタケというきのこです。白神山地で昼間にこの場所を見つけて、いい写真が撮れると直感しました。夜を待って再び行き、シャッターを10分以上長押しして、星の軌跡と一緒に撮影しました。でも、写真を撮り始めるとなんとなくクマの気配がしたんですよ。怖かったですが、なんとか2枚だけ写真を撮って、すぐに車に戻りました。

-- 命がけの一枚なんですね。

 

探す時・撮る時は「きのこ目線」で

-- 新井さんは春から秋にかけて、阿寒で暮らしていると伺いました。

はい。北海道は緯度が高く日の出が早いので、大体日の出前の朝3時くらいから、ほとんど毎日森に入ります。クマ除けの鈴と撃退スプレーを持ち、虫刺され対策に真夏でもカッパを着て、防虫ネットをかぶります。さらにカメラや交換用のレンズ、ライトや三脚などの荷物を持って森の中を歩くので、汗だくになりますが、撮影が終わった後の温泉は格別です。もう20年くらい、阿寒の森に入り浸っています(笑)。

-- それでも、魅力は色あせないのですね。先ほどのシロコナカブリのような、小さなきのこはどうやって撮るのですか。

常に「きのこ目線」で撮るように心がけていて、基本の撮影スタイルは腹ばいです。きのこの目線で森を見てみると、同じものでも見え方が劇的に変わり、面白いですよ。ガイド中、お客さんに「ここで寝そべってみてください」と提案することもあります。

-- 立って正面から見た木と、きのこ目線で見る木とは、違うのですね。

そうなんです。また、きのこを好きになってから、倒木に惹かれるようになりました。人間の住むところに倒木があると、すぐに片付けられてしまいますが、倒木は森の宝物。動物や昆虫の食料になり、すみかになり、きのこやコケが生えて、自然を維持しているんです。森の中にいくつかチェックしている倒木があり、ローテーションで訪ね歩くんですよ。

-- 倒木がどんどん変化していくのですね。

大きな木や倒木を見たり、森を歩いたりするだけでも、阿寒の森はとても楽しいんです。いつも歩いている道でも、 50メートルほどそれると、全く別の世界が広がっています。時には森の中で、神々しいほどのすごいシーンに出会い、感動のあまり写真を撮れずに、ただ眺めていることもありますよ。毎日好きなものに出会って、それを仕事にできている僕は、恵まれていますね。

-- そんなに好きなものに出会えるのは、素晴らしいことです。阿寒は冬、とても寒くなるのでしょうか。

マイナス 25 ℃になることもあります。外に出ると寒いというより痛くて、鼻毛が凍るのがわかります。家の中では10月下旬から3月いっぱいまでストーブをつけたまま、外出する時も消しません。北海道に住んで初めての冬、そのことを知らずにストーブを消して本州に帰ってしまったんです。戻ったら部屋の中がマイナス7℃で、全部凍りついていて、慌ててストーブをつけたら結露でいろいろな家電が壊れ、大変な目に遭いました。

-- とても厳しい環境なのですね。冬の間は、どのように過ごしているのですか。

群馬の家で、本の企画を立てたり、執筆をしたりしています。また、美術展や漫画などから構図のヒントを探して、春になったらどんなきのこ写真を撮ろうかと、思い描きます。森に行かない時期にも、きのこへの好奇心は高まるんです。

-- 私たちの身近でも、きのこを見つけることはできますか。

街中の公園などにも、きのこはたくさん生えていますよ。土や緑、落ち葉の多い場所や、コケの生えているようなところで探してみてください。とても小さいので、普通に見ただけでは気付かないと思います。まず立ち止まってしゃがんで、そこにきのこがいると仮定して、絶対見つけるぞという強い意思をもってじっくり探してください。

-- きのこを見つけたら、採らないほうがいいのでしょうか。

基本的には構わないと思います。手にとって触り心地やにおいなど、五感で楽しんでください。手にとることが胞子をまく助けになることだってありますから。ただ、カエンタケという毒性が非常に強いきのこは、皮膚がただれることがあるので、触らないでくださいね。あと、公共の場所や私有地などでは、採取が禁止されている場所がありますので、必ず事前に確認するようにしてください。

-- 私たちのスマホでも、可愛いきのこ写真が撮れるでしょうか。

スマホのカメラでも十分いい写真が撮れますよ。撮影する時には、きのこをどうやったら可愛く撮ってあげられるか考えて、構図や向きを工夫したり、フラッシュをたいて光を補ったりと、少し意識すると、いい写真になります。

-- 幸い、きのこは動きませんものね。いろいろ工夫してみたいと思います。

 

きのこを中心に森はつながっている

-- きのこはなぜ、いろいろな色や形をしていたり、毒があったりするのですか。

きのこの形は、胞子を放出して次の世代を残すための工夫なんです。先ほどのホコリタケは、刺激を与えると中にある粉状の胞子が、傘のてっぺんから吹き出す仕組みです。ほかにも匂いを出して昆虫を誘って胞子を運ばせたり、動物や昆虫の食料として有用な成分を作ったり。その成分がたまたま、人間には毒になることもあります。きのこの傘も、ふたとして大切な胞子を雨などから守り、胞子を放出する時に開く仕組みになっています。それぞれの戦略の違いできのこはさまざまな形をしているんですよね。

-- なるほど。きのこは森の中で、どのような存在なのでしょうか。

きのこには、倒木などに含まれる難分解性物質を分解する力があり、動物のえさとしても優秀で、森の中で大車輪の活躍をしている、森にとって不可欠な生き物なんです。きのこがいなければ、森は倒木や落ち葉でいっぱいになってしまいます。きのこの目線で森を眺めると、生きものが全部、きのこを中心につながっているというイメージがありありと思い浮かぶんです。

-- 生きものがつながっている?

はい。私たちが目にするきのこは子実体といって、胞子を作って放出するための生殖器官です。きのこの本体は菌糸という糸状の細胞で、倒木の中や地面の下に広がっています。菌糸と木の根はお互いに必要な栄養をやり取りしていて、このような菌を菌根菌といいます。地面の下に大きなネットワークができているんですよ。最近では、このネットワークを使って、木が情報共有をしているという学説もあります。木が虫に食われるとフェロモンを出すんですが、菌根菌ネットワークでその情報が伝わって、他の木も虫に食われる前に、虫の嫌がる物質を出すそうです。

-- へえー。私たちが目にしているのは、きのこのほんの一部なんですね。

そうなんです。きのこを好きになってから、目に見えないものがどこにあるのか、どんな働きをしているのか、よく想像するようになりました。

-- 新井さんにとっていい森とは、どんな森ですか。

人の手があまり入っていない原生林が好きです。森というものは、子どもの頃絵本で読んで、誰でも知っていますが、実際の森の木の連なりや空気感をイメージできる人は、あまりいないのではないでしょうか。阿寒の森はここでしか出会えないような雰囲気があり、「これが森か」と感じますよ。特に夏は、森全体の活動が盛んで勢いがあり、きのこの種類も多くて、一番面白い季節です。

-- ぜひ一度、阿寒の森に行ってみたいです。

ぜひ来てください! また、皆さんの近くの森や公園でも、自然に触れることができますよ。都会で、人間が作ったものに囲まれていれば、便利で住みやすいんですが、森では木が邪魔で、歩くのが大変です。でも自然界ではそれが普通なんです。人間のために作られたわけではないものを目の当たりにすると、価値観が変わりますよ。

 

 

大好きなきのこを守り、自然と共存する未来へ

-- きのこの森を守っていくためには、どうしたらいいでしょうか。

まず、たくさんの人に森を好きになってほしいですね。きのこだけでなく、植物や花、動物、昆虫など、何でもいいと思います。僕でいえば、大好きなきのこを守るためには、きのこの食べ物や、きのこが生きやすい環境を確保しなくてはいけない。ではきのこの食べ物は何か……。そう考えていくと必ず、回りまわって全部を守らないといけないと気付きます。そもそも、人間も自然がなければ生きていけません。現代では、人と自然の共存が最大の課題です。国連もSDGsという目標を掲げ、企業も、環境問題への意識や取り組みが、消費者やクライアントから評価される時代になってきています。いろいろな難しい問題が山積みですが、まずはそれぞれの好きなものや得意分野から、取り組んでいくのがいいと思います。

-- 人の手が入らない原生林もあれば、里山のように人の手が入って守られている自然もありますものね。

そうですね。阿寒は空気がとてもきれいで水道水もすごくおいしいんです。この環境がタダで楽しめるんですよ。でも、このタダというのは、価値がないのではなく、価値がつけられないくらい貴重だということだと考えています。この価値をわかっているかどうかで、考え方は全く違ってくると思います。

-- 私もきのこ目線になって、可愛いきのこを探してみたいと思います。本日は、ありがとうございました。

 

と  き:2020年2月6日

ところ:東京・日本橋の当社東京支社にて

 

 

 

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