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ユニークな夢から生まれた世界的発明

三洋化成ニュース No.503

ユニークな夢から生まれた世界的発明

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2017.07.05

写真=本間伸彦

早稲田大学 人間科学学術院助教 玉城 絵美〈たまき えみ〉
1984年沖縄生まれ。琉球大学工学部情報工学科卒業後、筑波大学大学院システム情報工学研究科修士課程修了。2011年東京大学大学院学際情報学府博士課程修了、工学博士。「PossessedHand;電気刺激によるヒトの手を制御する技術に関する研究」で東京大学総長賞を受賞。東京大学大学院総合文化研究科特任研究員となる。2010年に米国ピッツバーグのディズニー研究所でインターンを経験。2012年、東大の研究仲間であった岩崎健一郎氏とともにベンチャー企業H2Lを設立。2013年から早稲田大学人間科学学術院助教を務める。日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2015に選出された。

 

別の場所で他の人が体験していることを部屋の中にいながら体験したい、という願いをかなえるために作った装置が世界的に注目され、多様な分野での活用が期待されることに――。この装置は「ポゼストハンド」と呼ばれ、2011年に米『タイム』誌の「世界の発明50」に選ばれました。発明者は、早稲田大学人間科学学術院助教の玉城絵美さん。触覚を通して体験を共有する研究を志したきっかけや研究内容、研究成果が拓く未来について伺いました。

部屋の中にいながら海外旅行を体験したい

-- 玉城さんは、なぜポゼストハンドを作ろうと思われたのですか。

外にいる友達や家族が体験していることを、部屋の中にいながらにして自分も感じたいと思ったのがそもそものきっかけです。

-- 自分が外に出て行かずに、外のことを感じたいということですか。その夢は、いつ頃からお持ちだったのですか。

高校生の時からです。病気で1カ月半入院し、予定していた家族旅行に行けなかったことがありました。そこで、代わりに誰かに外へ行ってもらい、自分はその人の身体を借りるようにして一緒に行けないかと考えました。初めは、そういう商品を買おうと思って探したんですが、なかったので、自分で作ろうと思ったんです。

-- 15年ほど前でしたら、写真やビデオを撮影してきてもらって後で見るくらいしか、方法はなかったでしょうね。

そのうち容体が悪くなってきて、琉球大学付属病院に入院しながら琉球大学に通いました。授業に出席できないので、パソコンを遠隔操作して聴講していました。病院に、奇跡的に名医がいらっしゃり、病気を治してもらえました。そこで、夢を実現するために、修士課程から筑波大学大学院に進んでロボットの研究を始めたんです。

-- 病室で夢見たことが、実現に向けて進み出したんですね。ロボットの研究というと、ロボットを動かす研究をされていたのですよね。そこから、ロボットではなく人の手を動かそうと思われたのはなぜですか。

ロボットハンドを中心にロボット制御の研究を進めていたんですが、私の夢を実現するためにはロボットだけではダメだと思ったんです。コンピューターを介してロボットを操作する時には、コンピューターとロボットと人をつなぐ必要があるのですが、コンピューターと人をつなぐのが難しい。ケーブルではつなげないので、キーボードで操作しなければならないんです。ここで気付いたのが、HCI(Human Computer Interaction:人間とコンピューターの相互作用)の研究はされているけれど、ロボット操作や人間操作に関する研究が全くなされていないということでした。そこで東京大学で人間の手の仕組みを研究し、コンピューターと人をつなぐインターフェースを開発することにしました。ロボットやロボットハンドに関しては、世界各国に優秀な研究者が大勢いるので、私がやる必要はないなと思いました。

 

手を共有できれば体験を共有できる

-- 研究の成果として生まれたポゼストハンドは、どのようなものなのでしょうか。

基板などを内蔵した箱状の本体と、電極の付いたベルトをつないだものです。このベルトを腕につけて、電極から筋肉に電気的な刺激を与え、コンピューターによって手指の動きを制御します。コンピューターからの信号を基板で電気刺激に変換し、電極を通して腕の筋肉に伝えると、筋肉がその刺激を脳からの指令と勘違いして腕が動きます。こちらは、ポゼストハンドの第二世代として応用展開した、アンリミテッドハンドです。

 

第2世代として応用展開したアンリミテッドハンド

-- ポゼストハンドとアンリミテッドハンドは、どう違うのですか?

原理は同じですが、アンリミテッドハンドのバンドには電極に加えてセンサーが付いていて、コンピューターからの情報を腕に伝えるだけでなく、センサーを通じて逆に腕からコンピューターに情報を伝えることができます。例えば、ハンドジェスチャーで仮想空間上の腕を動かすことができますよ。実際に体験してみませんか。

-- はい、ぜひ。

右手にベルトをつけますね。起動します。ちょっと刺激しますよ。

-- あ、ちょっと薬指が動いた!

もう少し強く引っ張ります。今度は逆方向に引きますよ。

-- うわっ。中指が動きました。

アンリミテッドハンドは、万人の筋肉に合わせた配置を考えて設計されているので、ポゼストハンドのように、その人の筋肉の動きをコンピューターに学習させるキャリブレーションという作業が必要ないんです。次は、お化けに触られる感じがすると思います。いきますよ。

-- わー。日本のお化けみたいにふわっと冷たいものがかすっていくような感じかと思っていましたが、想像よりかなり強めでした。

ゾンビみたいな感じでしょう? 映像と組み合わせるとまた違うんです。次は、拳銃を撃つゲームです。手を握ったり開いたりしてもらえますか。そうです、それを覚えていてください。では、起動します。手を上げて構えて、さっきみたいにグーパーしてください。

-- あっ。私がグーパーしたから撃ったんですか、今。

そうです。

-- すごい! 撃ってる撃ってる。連射してみよう。バン、バン、バン(笑)。

もう少し刺激を強くしますね。

-- うわー。最初手のひらだけだったのが、今は腕の上の方まで来る感じがします。

こういう刺激が、拳銃を撃った時に実際に来るんです。

-- へー、結構反動が強いんですね。

もう一つやってみましょうか。鳥と遊ぶゲームです。起動します。腕を上げてください。

-- あ、鳥がいる! こっちにおいで。

鳥が乗りやすいように待っててくださいね。

-- うわー、意外と大きい鳥が飛んで来た。おー。

鳥が腕に止まると衝撃が来るでしょう。鳥を振り払ってみてもらえますか。

-- 痛たっ、かまれてる(笑)。

かまれる刺激と、腕に止まる衝撃の刺激ってちょっと違うんです。それを伝え分けています。

-- 面白かった。銃を撃ったり鳥につつかれたりという外からの刺激だけでなくて、何かに触れた時の感覚も再現できるんですか。

はい。「物が存在する」と感じるためには、深部感覚という感覚が重要なんです。触感覚には大きく分けて、表層感覚と深部感覚の2種類あって、「関節が曲がった」「押された」など、深部に感じる感覚が深部感覚です。「さらさらしている」「温かい」などを感じる表層感覚の研究に比べて、深部感覚の研究はまだ進んでいません。ポゼストハンドやアンリミテッドハンドは、この深部感覚を再現することにこだわりました。

-- この研究が進めば、「体験を共有する」という玉城さんの夢がかなうんですね。

今、ソーシャルメディアに自分の体験を投稿する人が多くいらっしゃいます。SNSを通して、自分の貴重な体験を、多くの人が一緒に体験できるように提供していると言えます。

-- 例えばペットが面白い動きをしていたら、写真を撮ってみんなに見せたいって思いますものね。

そうそう。自分のその体験を、みんなが体験できるように提供することで、体験の価値が高まり、提供した人の価値も高まります。これは人類全体にとってとても良いことだと思うんです。でも本当は、見るだけでなく実際に体験したいですよね。人間が物理的に外界に作用する時に、一番使っているのは手なんです。目や口、耳については、映像やカメラやディスプレー、マイクやスピーカーを使った情報通信技術が確立しています。だから見る・聞くなどの一方的な受信はできるんですが、手の情報通信化が進んでいないので、その部分については、他の人の体験を共有することができないという問題が起きているんです。

工学と医学を駆使し人とコンピューターをつなぐ

-- 将来は、自分が家から出なくても、外の世界をもっと深く体験できるようになるのですね。

手の動きが情報通信化できれば、ロボットや他の人に私の代わりに出掛けてもらうこともできます。今年の夏には大学の授業をロボットでやろうと思っているんですよ。大学が家から遠いので、行くのが面倒臭くて。ロボットを送っておけば、移動の手間が掛からないですし。

-- えー、本当に今年、ロボットが大学の教壇に立つんですか。その授業を受けられる学生さんは楽しいでしょうね。

ロボットと人間または人間同士が身体をシェアすることを、ボディーシェアリングと私は定義付けています。理論的には触覚のインプットも、アウトプットも可能です。人間同士のボディーシェアリングは、2020年頃には実現すると思います。

-- 人と人とで身体を分け合うんですか。なんと言うか、人が取りついてるというような感じになるんですか。

「ポゼスト」って、実は「憑依」という意味があるんですよ。1人に対して、3人が身体をシェアするという実験は成功しました。例えば海外の会議に出席する時に、何人も行くのは大変だから、私だけ実際に現地に行って、玉城の中に誰々と誰々が入って一緒に参加しています、というようなことができます。

-- ちょっと怖いですけど、それはもう実現しているんですね。逆に1人が2人の中に入ることはできるんですか。

それはまだできていません。本当は私、部屋の中にいながら、ニューヨークとハワイとサイパンとドバイを体験するというのがやりたくて(笑)。できるだけ外に出ないで、いろいろな体験をして豊かな人生を過ごしたいんです。

-- 最終目標はそこなんですか(笑)。1人で4人ぐらいの身体を使いたいタイプなんですね。

でも今は1人で二つの身体を動かすことができなくて苦戦しています。意識を分けるのが難しくて。人間がどういうふうに外の世界を知覚しているか、意識はどうなっているのか、まだまだわからないことだらけです。そこがわからないと、開発できないんです。

-- それは工学の研究だけではなくて、医学や生理学の分野なのではないですか。

そうです。脳科学や臨床心理学、認知心理学の知識が必要になります。博士課程卒業後、認知心理の研究室で2年ほど勉強しました。

-- 人間の根本的な部分、哲学的な部分にまで及ぶ研究なんですね。

体験の共有によりユニークさの価値が高まる

-- ポゼストハンドは、どんなことに応用できるのですか。

介護や医療の現場に使うロボットスーツや、リハビリ向けなど、いろいろな方面で応用研究していらっしゃる方がいます。私が作ってよかったなと思ったのは、琴の練習に使った時です。ミスの回数が減ってリズムもきれいになりました。他に、漢字を書く時の手の動きなどを、乗り移って伝えることもできますよ。

-- 編み物をしていて、本を見てもわかりにくいことがあるから、ポゼストハンドを使って学べたらいいですね。子どものちょう結びの練習にも使えそう。

生きていくうえで、動きのコツが必要になることって多いですよね。ポゼストハンドは、それを伝えることができるんです。

-- 玉城さんの予想する、もう少し先の未来はどんなものですか。

私が45歳になる12年後には、ソーシャルメディアの形が変わっていると思います。例えば、エベレストを登っている登山家の体験など、ある人の貴重な体験を、ライブで多くの人が共有しているのではないでしょうか。今のセレブやユーチューバーも、体験を共有して自分の価値を高めていますが、それがもっと顕著になり、発信者側、受信者側ともに増えると思います。

-- 映像と音声だけではなく、エベレストの空気の薄さや息苦しさ、背負っている荷物の重さなども一緒に体験できるかもしれませんね。自分が体験したことを、興味を持ってくれた誰かに体験してもらうこともできると思うと、わくわくします。

人間が一生の中で体験できることの総量は、どんどん増えていくと思います。現代の私たちは、交通手段や情報通信技術の進化によって、江戸時代の人たちよりも多くの経験をしています。これからは、AR(拡張現実)、VR(仮想現実)、ボディーシェアリングによって、さらにユニークな体験を誰もがすることができます。80年の一生の中で、その2倍、3倍の体験ができるようになるかもしれませんね。

-- 女性が男性の体験をしたり、子どもが年配の方を体験したり、本来体験できないことを体験することもできます。グローバル社会で、多様性を尊重する考えが主流になっている今、自分と違う人々のことを理解するのにも役立つ技術ですね。

ユニークな体験こそ、高い価値を持つ時代になります。技術も、ユニークなものを追求するようになってきています。

多様な視点が研究を進化させる

-- 女性の研究者の必要性についてはどう思われますか。玉城先生が工学部に在籍していらっしゃる時は、女子学生は少なかったのではないですか。

私の学部は女性が1割ほどいましたが、大学院に進む人のうち女性は4%で、その4分の3は留学生でした。

-- それは少し寂しいですね。女性の研究者が増えてほしいと思われますか。

工学分野の研究者が男性ばかりだと、ユニークさのある研究ができなくなってしまう可能性があります。性別に限らず、多様性が物事を進化させるんです。私はポゼストハンドを、体験を共有する道具として使っているけれど、脳の解明のため、筋肉構造を調べるため、リハビリのためと、いろいろなことに使う人がいます。体の構造や考え方が違い、意識も違う多様な人が、違った視点から研究することが大切です。

-- 私は大学時代、文学部で源氏物語の研究をしていましたが、男性の読み手が、私が考えもしなかった解釈をしていて驚いたことがあります。文学でさえそうですから、研究開発ならば、成果物に相当な影響が出るでしょうね。

ポゼストハンドも、支援者に意見をいただいたり、クラウドファンディングでマーケティングしたりして、いろいろな視点を入れ、スマートに使いやすく進化してきました。

-- 玉城先生が高校時代に思い描いた夢や目標が、形を変えながら、実現に近づいているんですね。

外に出なくても体験を共有できるような社会を何とか実現させて、45歳ぐらいまでに引きこもりたいですね(笑)。

-- えっ、引きこもっちゃうんですか(笑)。それほど遠くない未来に、体験を共有できる時代が来るのが楽しみです。本日は、ありがとうございました。

と き:2017年3月10日
ところ:東京・日本橋の当社東京支社にて

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