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おいしくて楽しくて体にも良い発酵食品の文化を発信したい

発酵デザイナー 小倉 ヒラク

おいしくて楽しくて体にも良い発酵食品の文化を発信したい

2022.03.17

発酵デザイナー
小倉 ヒラク〈おぐら ひらく〉
Hiraku Ogura
1983年東京都生まれ。早稲田大学文学部で文化人類学を学ぶ。在学中に絵の勉強のためフランスに留学。ホームページやロゴなどを作るデザイナーとして活動しながら、東京農業大学の研究生として発酵学を学び、“発酵デザイナー”として全国の醸造家と連携し商品開発や、ワークショップの開催など、さまざまな活動を行っている。
写真=本間伸彦

 

私たち日本人がこよなく愛する和食。味噌、醤油、納豆といった、多くの発酵食品が使用されています。普段何気なく食べている発酵食品の世界を、少しのぞいてみませんか。

今回は、発酵デザイナーとして、発酵にまつわるさまざまな活動を行う小倉ヒラクさんに、発酵食品や和食が持つ歴史の奥深さや、現代を生きる私たちが発酵文化に触れる意義を伺いました。

発酵食品との出会い それは基礎体力を底上げしてくれるものだった

-- 発酵食品との出会いはどのようなものだったのでしょうか。

もともと虚弱体質だったこともあって、20代半ばに過労で体を壊してしまったんです。その当時、発酵学者の小泉武夫先生(現東京農業大学名誉教授)と出会って。会ったその日に「小倉くんは体が虚弱だから、発酵食品を食べなさい」と言われたのが、発酵食品との出会いです。

-- その出会いをきっかけに、発酵食品を食べるようになられたのですね。

ええ。当時は本当に体調が悪かったので、小泉先生がそこまで仰るなら食べてみようかと思って、味噌汁や納豆から食べ始めました。それまでは、自炊しても洋食中心だったんですが、意識的に和食を食べるようになっていきましたね。

-- 洋食から和食中心に食生活が変わって、何か体調には変化がありましたか。

最初は、あまり変化を感じることはできませんでした。しかし、2週間ぐらい経ってみると、少しずつ体に変化が出てきまして。発酵食品は医療品ではないから、特定の症状を改善してくれるわけではないのですが、基礎体力を底上げしてくれる力があることはいろいろな研究で指摘されています。また、発酵食品の効果が発揮されやすい体質とそうではない体質があるのですが、僕の体質にはよく合っていたんでしょう。1カ月後には体調が良くなっているのを感じました。この経験をきっかけに、東京農業大学の研究生として発酵学を学ぶことにしました。

-- なるほど。いつから〝発酵デザイナー〞として活動を始めたんですか。

味噌汁を飲むようになって、5年ぐらい経ってからかな。実は〝発酵デザイナー〞という肩書は自分でつけたものではありません。小泉先生と出会った当時は、ホームページやロゴなどを作るデザイナーとして活動していたんですが、自分自身の体調改善も含めて発酵食品と過ごす時間が長くなるにつれ、発酵食品に関係するデザインを依頼されることが増えていって。気が付くと発酵関係のデザインばかりやっていたんです。

-- 発酵関係のデザイン! なかなかユニークですね。

そうですよね。知り合いや東京農業大学の先生方の紹介などで「絵を描ける」「デザインができる」ということが広まり、少しずつ声をかけていただける機会が増えていきました。今ではもう発酵関連のお仕事ばかりです。

 

東京農業大学の研究生時代の小倉さん(前列右)

私たちは〝現代版和食〞を食べている

-- 小倉さんの食事は和食中心とのことですが、和食には発酵食品で成り立っている献立がたくさんありますよね。

そうですね。発酵食品がなければ和食は成り立たないといえるぐらいによく食べられています。加えて、和食では発酵調味料を多く使っていることからも、日本は非常に発酵と相性のいい文化圏だといえます。ですが、発酵食品が欠かせないのは日本に限ったことではありません。フランスに行ったら、パンやチーズ、ワインがあり、中国にもザーサイや紹興酒などがある。世界中の食文化には多彩な発酵食品があります。

-- 世界中の発酵食品は、そもそもどんなふうに編み出されたんでしょう。

昔は今ほど食べ物があふれていませんから、基本的には食材を長持ちさせる手段だったり、偶然の産物として生まれたものを食べやすく改善してきたりしたものですね。ですから、日本にもあって、海外でも一般的に食べられている発酵食品もたくさんあります。例えば、味噌は中国やインドネシアなど、いろいろな国で食べられています。

それから、日本独自のものと思われがちな納豆ですが、消費量が一番多いのはアフリカです。納豆菌と原料の豆自体はどこにでもあるものなので、暖かい場所では自然に納豆ができます。それで、ミャンマーやインドでも納豆は食べられているんですよ。ちなみに、日本でよく食べられている糸を引く納豆は、つい100年ほど前から食べられるようになったものです。あれは水戸が発祥で、あえてよく糸を引く納豆菌を使っています。もっと昔に東北などで作られていた納豆は、豆が大きくホクホクした食感で、糸もあまり引きません。甘納豆の砂糖がない状態を想像してみてもらうとわかりやすいかも。最初の頃は「うまのある豆」みたいな認識だったと思います。

-- 全然知りませんでした。逆に、日本にしかない発酵食品というのはあるんでしょうか。

出汁だしと醤油ですね。いずれも江戸時代中期以降の文化です。

昆布出汁は、海岸線に昆布を並べて、微生物に分解させることで旨味が増しています。あまり知られていませんが、実は発酵が欠かせない食材の一つなんです。それから醤油は、他の国では魚を発酵させてドロドロに溶かした上澄みを使用する魚醤を使うのですが、大豆を使うのは日本独特の文化ですね。

-- 出汁と醤油は比較的新しい文化なんですね。

はい。醤油は明治前半ぐらいまで、もっといえば昭和に入るまで、都市部以外ではあまり使われていなかったんですよね。私たちが知っている発酵食品は、原型とはかなり違っていることもあります。味噌や醤油も昔は全然違う姿だったものが、少しずつ変化してきて今に至るんですよ。本当に伝統的だといえるのは、製塩技術や醤油の圧搾方法など、製造技術が確立される前の時代から残っているものなんじゃないかと思います。

-- 醤油がなかった時代は塩で味をつけたのですか。和食の定番は醤油というイメージですが。

いいえ。味噌ですね。あとは酢や砂糖、酒を使ったり。和食はもともと神様への捧げ物という性格を持ったものだったので、明治時代以降に神仏習合が解かれたことをきっかけに、和食のスタンダードが作られました。京都や大阪の一部で食べられていた上方料理を和食と呼んでいますが、これはいわば〝現代版和食〞です。

-- では、昔の和食とはどんなものだったんでしょう。

実は、昔から現代まで日本に統一された食というものはないんですね。時代や地域によって全然違うんですよ。全国各地の郷土料理を見て回ると、まるで「味覚の大冒険」のような感じで、どの地域も独特の味付けや調理方法があるんです。例えば、柿の葉寿司は、鳥取ではお酢でますを軽く発酵させて作ります。奈良の柿の葉寿司も有名ですが、作り方は異なっていて、また別の味わいです。

-- 確かに地域ごとに独特な味付けや調理方法による郷土料理が残っていますよね。意外な食材との出会いもありますか。

奄美大島ではソテツの実で麹を作って、それを使って味噌や焼酎には使われていたようです。見た目は普通の味噌と変わらないんですが、味はさっぱりしていてちょっと癖のある麦味噌のような味わいですね。

-- ソテツの実って食べられるとは思ってもみませんでした。

ソテツの実は普通は毒があって食べられません。しかし、発酵させることで解毒して食べることができます。

ローカルな発酵食品はその味の違いや工夫に大きなカルチャーショックを受けることもあります。食品メーカーの新製品開発では、甘味、酸味、苦味、塩味、旨味などを項目にした五角形や六角形の味覚チャートでバランスをとるのですが、地方を訪ねると、項目のどれかがビュンと飛び出している食べ物との出会いも多いんです(笑)。ぜひその土地ならではの発酵文化の面白さに触れてもらいたいですね。

 

 

 

見直される発酵食品 日本食文化のルネッサンス

-- 近年では発酵食品に興味を持つ人も多いと聞きますね。

ええ。10年前と比べると、発酵食品を手作りする人が増えています。発酵食品はゼロから作ろうとするとなかなか手間がかかるのですが、最近は多くの企業から簡単に作れるキットのようなものが多く発売されていることも、発酵食品を手作りする人が増えている要因の一つではないかと思います。

-- でも、自分で作ったものって傷んでいないか心配になってしまって。

そうですよね。もちろん傷ませない、腐らせないための最低限の基礎知識は必要です。SNSなどを見ていると、手作りの味噌の上にスライムのようなものができてしまって食べられなくなった、と言われていることがあります。ただ、それは産膜酵母というもので、プロが作る味噌にもよくできるものです。このことからも、必要以上に心配しすぎたり、警戒しすぎたりしている人も一定数いるんだなと感じますね。

-- 匂いや見た目で判断することが難しいから、賞味期限が印字された既製品を買うんですよね。

皆さん、いろいろなものを買うようになりましたから、自分で食品の安全性をジャッジできない。手作りのリテラシーが下がってきてしまっている状態だと思うんですね。自分で作ってみたい気持ちはあっても、腐らせるのを恐れてしまうんです。失敗することを恐れず手作りを楽しんでみる姿勢がないと、発酵食品の文化は広まっていきません。

-- ええ。

インターネット上で発酵食品を手作りしている人を見ても、口を出さないようにしているんです。僕が口を出すと、手作りの楽しみを潰してしまうじゃないですか。それから発酵食品のワークショップを開く時にも、まず「皆さんのうち何人かは、必ず失敗します」と伝えるんです。発酵文化とともに「失敗して当然」という、失敗を許容する意識も伝えることが大事だと思っています。

-- それは発酵文化に限らず、人生そのものに通じる考え方ですね。

はい。間違いのない道だけ行くのがいいわけではないですからね。だからこそ、最近は特に若い人たちのなかで発酵食品を作る人が増えているんですよ。これまで80歳代くらいのおじいちゃんおばあちゃんは発酵食品のレシピを知っているのに、70歳代弱〜50歳代くらいの高度経済成長期の世代で断絶している状態でした。それを、若い世代が2代前の世代に聞いて作り始めているんです。

-- 発酵文化を復興させているということですか。

そうですね。今はちょうど発酵文化のルネッサンス期というか、とても面白い時代ですよ。僕のように、よそから来てレシピを広めている人もいれば、一度地元を出てから戻ってきて伝統文化を継承している人もいます。

-- 例えばお味噌屋さんや酒蔵さんの数などには、変化があるんでしょうか。

今までは減る一方で、どうやって減少を食い止めようかという状態でした。それが今、新しく増えてきているんです。一番たくさんできているのはビール屋さんです。それから、麹屋さん、味噌屋さんも増えています。日本の酒蔵も、これまでは古いものが多かったのですが、「創業2021年」なんて酒蔵もできてきたんです。

-- 「文化を守る」のではなく、新しい文化がつくられているんですね。

海外の発酵文化が持ち込まれたり、海外の方が日本の発酵文化に興味を持って学びに来てくれたりするので、新しいものと古いものが出会うことでどんどん進化している状態です。

 

発酵デパートメントにて

 

発酵文化はオープンソースな共有財産

-- 小倉さんは今どのようなことに取り組んでいらっしゃるのですか。

「世界の発酵みんな集まれ!」をコンセプトに、世界中の発酵食品を集めた専門店(発酵デパートメント)を2020年にオープンしました。客層は本当にバラバラ。もちろん若いお客様は「おしゃれ」「健康に良さそう」というイメージで来てくださいます。それからお年寄りも「懐かしい」って、来てくださいますね。

-- どんな世代の方でも、何かしら夢中にさせるものがあるんですね。

ええ。海外のお客様も興味を持ってこられますよ。うれしいですよね。僕は和食や発酵食品といった発酵の文化を、日本だけでなく世界に開かれた共有財産にしていきたいと考えているんです。もちろん知的財産など、共有できない部分はしっかり守る必要がありますが、もともと発酵文化はオープンソースなものです。世界中の人がアクセスできるようにしたいですし、それが僕の使命だと考えています。

-- 今後小倉さんは、どのような活動をしていきたいと考えていらっしゃいますか。

今はちょっと新型コロナウイルスの影響で頓挫してしまっているんですが、中国、アジアを縦横断したいんです。

-- 縦断と横断、両方ですか。

はい。横断は、シルクロードを通るんです。そして縦断は「茶馬古道」という、あまり知られていないのですが、もう一つのシルクロードといわれているルートを通ります。

現在のタイ・ミャンマーの国境あたりから始まって、チベットのラサを越え、ネパールあたりまで通っていて、もともとはお茶と塩の流通で使われていた道です。一部、茶馬古道とシルクロードとぶつかっている所には、アジアの発酵文化のルーツが全部そろっているんですよ。アジア地域の全く違う文化が混ざり合った場所で、発酵文化のルーツをたどってみたいのです。

-- 「茶馬古道」という道があるんですね。チベットとなると、滞在するための準備がとても大変そうですね。

一度準備をせず高山地帯に行って、高山病でひどい目に遭ったので、今回は富士山で高山トレーニングをしてから出発するつもりです(笑)。行くのはなかなか大変な場所ですが、現地でしか見られないものってたくさんあるので、自分の足で歩いて見にいきたいですね。発酵文化のルーツを探るということは、民族文化のルーツを探るということでもあります。こうした現地の体験と学術的な研究を照らし合わせて、初めて食の本当の姿が見えてくると思っています。

-- 発酵食品は体に良い効果をもたらすだけでなく、保存期間の延長や解毒、味覚の彩りにと大活躍してくれているんですね。人類の財産ともいえる発酵食品に対する、小倉さんの熱い思いを伺えました。本日は面白いお話をありがとうございました。

 

と   き:2021年11月9日

と こ ろ:下北沢の発酵デパートメントにて

 

 

 

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