MENU

北極海を目指す大群「カリブー」

三洋化成ニュース No.499号掲載

北極海を目指す大群「カリブー」

2016.12.26

食べ物を求めて北上するカリブーの群れ

黄金色のツンドラに溶け込む大群

あらゆるものが凍りつき、雪と氷の世界となるアラスカ北極圏。寒さを避け、わずかな食べ物を求めて南で越冬していたカリブーたちが、遅い春を迎えるとそろって北上を始める。東西に険しく連なるブルックス山脈を越え、北極海へとなだらかに続くノーススロープが目的地だ。ノーススロープは夏になるとツンドラの大地から一斉に若葉が芽吹き、栄養豊かな植物に満たされ、子育てをするカリブーたちの命を支える。カリブーとは和名でトナカイのこと。シカの仲間で唯一、オスメスともに立派な角が生える。メスにも角が生えるのは一説によると、冬の主食となるトナカイゴケを掘り起こすために役立つからだ。数十頭ほどの小さな群れが、移動中にほかの群れと合流を繰り返し、最終的には数万頭の大群になる。そしてそれらを狙うグリズリーやオオカミも、群れの周囲に集まってくる。高い木や藪がなく身を隠すのが難しいツンドラにおいて、集団になることによって、襲われる被害を最小限にする習性と考えられている。

広大なアラスカの原野に一縷の望みをかけて

ブルックス山脈を越えて旅をする

僕はカリブーの大群を一目見てみたいと思い続けていた。しかし、いかに大群といえども、この広大なアラスカの原野では芥子粒にも等しい。可能性は限りなく低かったが、一縷の望みをかけて探してみることにした。
ブルックス山脈の真っただ中に、アナクトブックパスという名のエスキモーの村がある。周辺が、移動するカリブーたちの通り道になっているとの噂を聞きつけた僕は、その村に行けばカリブーが見られるかもしれないと思い、小型のプロペラ機で向かった。しばらくするとそびえ立つ山塊に突入した。ブルックス山脈である。こんなに険しい山の中に、村などあるのだろうかと思っていると、少し開けた山の間に滑走路と40軒ほどの家が見えてきた。小さな村を歩くと、軒先にはカリブーの肉や毛皮が干してある。僕は村の最長老である86歳のローダおばあさんを訪ねて話を聞いてみた。おばあさんはカリブーの脚の腱を乾燥させて作った糸で、カリブーの毛皮を縫いながら語ってくれた。
「私たちは春から秋にかけて獲れたてのカリブーの生肉を食べてきた。余った肉は乾燥させて、冬の間の保存食にした。毛皮を使って暖かな服や布団や敷物を作ってきた。ずっとずっと昔から、私たちはカリブーの恵みに助けられて生きてきたのだ」。
カリブー狩りに行くという3人の若者たちがいたので、一緒に連れて行ってもらった。雪解けでぬかるむツンドラを、アルゴという8輪駆動の乗り物で移動した。カリブーの谷に到着し、キャンプを張って待機していたが、いくら待ってもカリブーは現れなかった。翌日もアルゴで走りながら探すがまるで出会えず、半ば諦めかけた時、遠くを歩くカリブーを発見した。指笛を吹いてカリブーを振り向かせ、その瞬間に見事に仕留めた。カリブーは手際よくその場で解体され、皆に分けられる。太古の昔から続いてきた営みの一部始終を、僕は目の前にしていた。
数頭のカリブーを見ることができたが、大群にはほど遠い。僕はカリブーたちの旅の目的地であるノーススロープへと向かうことにした。とてつもなく広いノーススロープでカリブーを見つけるのは、陸路では不可能。そもそも道など一本もない。そこで2人乗りの小さな飛行機を使い、毎日空から探すことにした。山間の谷沿いには、上空から見ると無数の足跡が刻まれている。有史以前から、カリブーの群れがブルックス山脈を越えて旅をしてきた印である。でも、この足跡がついさっき通ったものなのか、それとも50年前のものなのか、まるで見分けがつかない。ツンドラでは、一度足跡が刻まれるとほとんど消えることがない。数十年前に資源採掘のために走っていたトラックの轍も、くっきりと残っている。
何度目かの飛行で、とうとうカリブーを見つけた。やはりノーススロープにやって来ていたのだ。しかし群れは小さく、大群と呼ぶにはほど遠い。僕はさらに広い範囲を飛んでみることにした。すると、あちこちで小さな群れを発見した。生まれたての子どもも数多くいる。この小さな群れが合流を繰り返し、次第に巨大な群れとなって北へ移動するのだ。

カリブーを狙うエスキモーの若者

数頭が合流を繰り返し大群になる

黄金色に輝くカリブーたち

夕暮れ迫るなかを北へ歩く

巨大なオオカミの足跡を見つけた

7月になり、ノーススロープは一面の緑に覆われた。雪は溶け、小さな花々が咲き乱れ、北極圏に短い夏がやってきた。いったん日本に帰っていた僕は、一月ぶりにこの地に戻ってきた。果たしてカリブーは大群になっているのだろうか。群れを目撃したというパイロットの無線が入った。今度こそという思いを抱き、僕は急いで目撃地点まで飛んでいった。すると待ち望んでいた光景が、徐々に目の前に広がってきた。
「すごい、すごい!」カリブーの大群だ。カリブーたちは極北の斜光線を浴びて、地面に溶け込むような黄金色に輝いている。ある群れは移動し、ある群れは川を渡り、またある群れは草を食んでいる。僕は窓から身を乗り出して、夢中でシャッターを切った。強風でカメラがブルブルと震え、飛ばされそうになった。ようやく出会えた大群に、僕の心も震えた。群れを辿って飛び続けるうちに、飛行機はいつしか北極海上空にまで達していた。もうこれ以上は北へ進むことはできない。地球のてっぺんが、カリブーたちの終着点だ。
 

文・写真=動物写真家 前川 貴行〈まえかわ たかゆき〉

1969年東京都生まれ。和光高等学校卒業。

エンジニアとしてコンピュータ関連会社に勤務した後、独学で写真を始める。1997年から動物写真家・田中光常氏の助手を務め、2000年からフリーでの活動を開始。世界を舞台に、野生動物の生きる姿をテーマに撮影に取り組み、雑誌、写真集、写真展などで作品を発表している。2008年日本写真協会賞新人賞受賞、2013年第1回日経ナショナル ジオグラフィック写真賞グランプリ受賞。公益社団法人日本写真家協会会員。主な著書に『動物写真家という仕事』など。

 

 

最新記事Latest Article

PAGE TOP