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[vol.2] 北アメリカの空の王者「ハクトウワシ」

三洋化成ニュース No.491

[vol.2] 北アメリカの空の王者「ハクトウワシ」

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2015.08.07

威厳あふれる姿、過去に乱獲の歴史も

獲物を捕らえ、ヒナの待つ巣に戻る親鳥

ハクトウワシは翼を広げると2にもなる、北アメリカにすむ最大級の鳥だ。その多くはアラスカ州やカナダの河川や沿岸部に生息している。和名のとおり頭の毛が白く、威厳に満ちた、とても精悍な顔つきだが、英名はボールド・イーグルといい、直訳すると「はげた鷲」という名前になる。ヒョッ、ヒョッ、ヒョッという甲高い鳴き声は、初めて遭遇する人に容姿との違和感を多少感じさせるかもしれない。

白と黒のコントラストが美しいハクトウワシは、先住民族の人々にとって神の使いであり、儀式ではその羽根で飾りつけた衣装を身にまとい、神聖な生き物として敬われてきた。しかしヨーロッパからの入植者たちにとってハクトウワシの存在は、先住民たちとは捉え方が異なった。アメリカのシンボルでもあるこの鳥は、1960年代に絶滅の危機にひんしていた。家畜を襲う害獣として長年にわたって乱獲されてきたことと、有機塩素系殺虫剤などの農薬汚染の影響をまともに受け、卵殻の薄膜化などによってヒナがかえらなくなったことが大きな原因とされた。ハクトウワシを狩ることに、懸賞金が出された時代さえあり、減少理由のほぼ100%が人的被害によるものだった。だがその後、本格的な保護法の制定と農薬の規制、身近な環境問題の改善に取り組んだおかげで、その個体数を飛躍的に戻し、現在では絶滅危惧種の指定からも解除された。彼らを取り巻く環境が、目覚ましく改善されてきたのは確かだといえる。

獲物を奪い合う厳冬期。くちばしやかぎ爪で大激戦

獲物の奪い合いで、負傷する個体も多い

ハクトウワシは、主な生息場所である海や川沿いで、海面近くを泳ぐ魚や、遡上で弱ったサーモンなどを捕まえる。サーモンなどの大きな魚は川で捕まえてその場で食べ、サバくらいの大きさの獲物であれば、やすやすとつかんで飛ぶことができるため、仲間に横取りされずに安心して食べられる木の上などに運ぶことが多い。魚以外でよく捕食するのが生息場所が重複するカモメ類。大きさが自分とあまり変わらない成鳥なども、かぎ爪でわしづかみにしてばくばくと食べてしまう。カモメのヒナもよく捕まえ、子育て中のハクトウワシはカモメのヒナを生きたまま巣に持ち帰り、自分のヒナに与える。川沿いに生息するワシたちにとって、春から秋にかけては遡上する新鮮なサーモンに事欠くことはないが、厳冬期は新鮮な獲物にありつくのが困難な厳しい季節でもある。

その理由は、ほとんどの川が凍結してしまうことと、凍結しない希少な場所にたくさんのワシが集まり、競争相手が格段に増えることにある。そのため、結氷していない場所ではサーモンを巡るワシ同士の争いも熾烈になり、相手を水中に沈めたり、くちばしやかぎ爪で負傷させられ流血する個体なども続出する。川が凍りついてしまえば、打ち上げられた魚の死骸でしのぐわけだが、そうすると今度は死骸の争奪戦がヒートアップする。争いでは成鳥が強いかといえば必ずしもそうとは限らず、2、3歳の若鳥たちもかなり強気に立ちまわり、成鳥を追い払ってしまうこともある。体の大きさは成鳥と変わらないし、何より生き延びるために他から獲物を奪うのは、野生動物の世界では当然のことである。冬の厳しさはあるものの、それでもサーモンが大量に遡上する北アメリカの豊かな自然の恩恵を受け、食べ物を得ることが可能だ。

食欲旺盛なヒナ。巣立ちに向けた学びの日々

アラスカの海岸沿いに集結し、越冬する

羽に風を大きく受け、着陸態勢に入った

時折雪が舞う4月の終わり、ハクトウワシの子育てを撮影するため、カナダ・ニューファンドランド島の東海岸で、長いキャンプ生活に入った。巣は、海沿いの切り立った断崖上にあるため、人間や他の動物が容易に近づくことができない安全な場所だ。枯れ枝や草を寄せ集めて作った巣の中では、つがいが交代で、雨や雪が降っても二つの卵をずっと温めている。撮影を始めて2週間くらいたった5月初旬、片方の卵の殻が割れ、灰色の産毛に包まれたヒナが誕生し、翌日にもう一羽のヒナが殻を破った。親鳥は海で捕まえてきた魚を、生まれたての食欲旺盛なヒナたちに食べさせる。7月に入るとヒナたちは親鳥と同じくらいの大きさになる。

この頃はくちばしも含めて全身は黒い。成長するにつれてだんだん頭に白い毛が混じりだし、成鳥になる4歳ごろ、くちばしは黄色く、頭の毛は真っ白になる。7月末、ヒナは盛んに羽ばたいたり、ジャンプするようになる。もう間もなく巣立ちだ。そしてある程度飛べるようになると親鳥の後について一緒に飛び、狩りの仕方や生きる方法を学んでいく。

気候変動の懸念のなか強く、たくましく生きる

獲物の魚を細かくちぎってヒナに与える

頭が褐色の若鳥から白い毛の成鳥まで並ぶ

撮影に赴く土地でよく耳にするのが、以前に比べて暖かくなり、河川の結氷時期が遅くなってきたということだ。気候変動が今後どのような影響をハクトウワシに与えていくのかは未知の部分である。少なくとも川が凍りにくくなって魚が獲りやすくなれば良いという近視眼的なことではなく、この土地の生態系全体にかかわる問題なのは明らかだ。文明の進化に翻弄されながらも、したたかに生き延びてきたその表情からは、人知を超えた野性のたくましさをうかがい知ることができる。生息環境の減少という避けては通れない難題を未来に向けて抱えつつも、ハクトウワシは北アメリカの食物連鎖の頂点に立つ生き物として繁栄している。自然界が、かろうじて健全さを保てている証しではないだろうか。

文・写真=動物写真家 前川 貴行〈まえかわ たかゆき〉

1969年東京都生まれ。和光高等学校卒業。

エンジニアとしてコンピュータ関連会社に勤務した後、独学で写真を始める。1997年から動物写真家・田中光常氏の助手を務め、2000年からフリーでの活動を開始。世界を舞台に、野生動物の生きる姿をテーマに撮影に取り組み、雑誌、写真集、写真展などで作品を発表している。2008年日本写真協会賞新人賞受賞、2013年第1回日経ナショナル ジオグラフィック写真賞グランプリ受賞。公益社団法人日本写真家協会会員。主な著書に『動物写真家という仕事』など。

 

 

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