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[vol.1] クマの仲間で最大の「ホッキョクグマ」

三洋化成ニュース No.490

[vol.1] クマの仲間で最大の「ホッキョクグマ」

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2015.06.02

極寒に耐える毛皮 実は真っ黒な肌

寒さにまだ弱く、歩き疲れた子グマたちを抱きかかえ、温めてやる母グマ

カナダ・ハドソン湾の西岸、ケープチャーチル。ここは晩秋の時期、たくさんのホッキョクグマが集まる。彼らの主食はアザラシだが、海の氷が溶ける間は狩りができず、6月上旬から11月下旬頃までは陸地に上がり、小型の哺乳類や鳥、卵、植物などを食べて飢えをしのぐ。一刻も早くアザラシ狩りをしたいホッキョクグマたちが、今か今かと海の結氷をここで待っているというわけだ。

クマの仲間で最大のホッキョクグマは、オスで体長が2.5〜3m、体重が500〜600キロにも達し、中には800キロを超す大物もいる。メスはオスより一回り小さく、体重は半分ほどだ。他のクマと違い、唯一氷の世界で生きる彼らは、ユニークな特徴をいくつか持っている。その筆頭は、なんといっても全身を包む白い毛皮だろう。極寒に対応するため、美しい上毛の奥には柔らかな下毛が密集し、この毛は鼻の頭と足裏の肉球を除いた全身に生えている。毛は1本1本が半透明になっていて、太陽光を直接地肌まで透過させ熱を伝える。そのため、大量の紫外線を浴びる肌は真っ黒で、毛を全部剃ってしまうとクロクマに見えるだろう。毛皮とともに重要な役目をするのが、非常に厚い脂肪層だ。アザラシの豊富な時に一気に栄養と脂肪を体内に蓄え、狩りのできない夏場には、蓄えた脂肪を効率よく少しずつ消費して生きていく。この理にかなったシステムこそ、極北で生き延びるために獲得した最も重要な能力といえる。

標的はアザラシ 狩りの成功率は2%

日が昇り始め、月の浮かぶ空が淡く色づき始めた

ホッキョクグマの狩りの舞台は、主に結氷した海上である。標的となるアザラシは、爪の生えた前脚を使って氷上のあちこちに呼吸用の孔を開ける。潜水能力に優れるアザラシだが、時々は海面上に出て呼吸をしなければならず、その瞬間が最大の狩りのチャンスとなる。ホッキョクグマは呼吸孔や巣穴を鋭い嗅覚で感知し、アザラシに気づかれないようゆっくりと忍び寄り、孔の縁でじっと待つ。そしてアザラシが顔をのぞかせた瞬間に、強烈な一撃を与えてしとめる。だが、狩りの成功率は2%にも満たないため、多くの時間を狩りに費やすこととなる。

ケープチャーチルでは、若い個体やオス同士がじゃれあい、戯れて遊ぶ姿がよく見かけられる。成獣のオス同士のじゃれあいは、往々にして激しい喧嘩のような闘いへとエスカレートしていく。これは「プレイファイティング」と呼ばれ、互いの力関係を計る物差しであり、近い将来メスやわずかな食料を巡る真剣な闘いに備えての、遊びを交えたトレーニングといったところだ。激しいぶつかり合いの後、優劣がつけば、またじゃれあい始めて微笑ましい光景へと戻ることがほとんどである。

オス同士が半ば遊びのプレイファイティングを始めた

ブリザードで毛が凍りついても、悠々と眠り続ける

母グマの子育て 脅威はオスの成獣

日本を含めた北方に生息するクマの中で、ホッキョクグマだけは冬ごもりをせず、唯一こもるのは妊娠したメスだけだ。妊娠したメスは11月頃になると、日当たりの良い南向きの斜面や、谷間にできた雪の吹き溜まりに産室をつくる。産室の中は外気温より20度も高く、生まれたての子どもにとって、とても暖かくてやさしい空間となる。子グマは12月下旬から1月上旬にかけて生まれ、寒さの和らぐ春になると親子はアザラシ狩りへと出発する。母グマは子どもたちの前でアザラシ狩りを実践し、さまざまな状況下での獲物の捕らえ方を教え込む。

この氷の世界では、ホッキョクグマにとって恐れる外敵は存在しない。しかし子連れの母グマにとっては、同じホッキョクグマのオスの成獣が大変な脅威となる。攻撃的なオスの場合、子グマを殺される可能性が大きいからだ。遠くからでもオスが近づいてくれば、母グマは非常に鋭い嗅覚でいち早く察知し、危険と判断すると子どもたちを促して一目散に逃げ出す。子どもたちも懸命に母グマの後を追いかける。しかし時にはばったりと攻撃的なオスグマに出合ってしまうこともある。そんな時の母グマは、自分の体重の2倍もあるオスに対して一歩も引かず、勇猛果敢に立ち向かい、命に代えても子どもたちを守ろうとする。そしてほとんどの場合、オスグマを追い払ってしまうのだ。

命をかけた授乳 人間と同じ深い愛情

危険なオスがそばにいないか、常に警戒する母グマ

五感のなかで、嗅覚が最も優れている

時に危険が訪れるものの、たいてい親子の周りには穏やかな雰囲気が漂っている。子グマたちは母グマにぴったりと寄り添い、いつも遊んでほしくてじゃれついている。母グマはというと、そんな子どもたちがかわいくて仕方がないといった様子だ。母グマが眠っている子どもたちをぺろぺろとなめてあげたりする姿は、とても心温まる光景だ。遊び疲れておなかが空くと、子どもたちは母グマの胸をつついてお乳をせがみ、母グマは飲みやすいよう胸を差し出し、抱きかかえるようにして授乳をする。

ここハドソン湾において母グマは、前年の6月頃に陸へ上がり、冬の出産から子どもを連れて歩ける4月頃まで10カ月ほどの間、ほとんど何も食べずに過ごす。その間にも毎日母乳を与え続け、わずか600〜700グラムの生まれたての子どもを10キロ以上にまで育て上げる。本当に自らの骨身を削り、子どもたちを育てているといえるだろう。母グマが子どもに与える深い愛情と献身ぶりには並々ならぬものがあり、人間の親子とまったく同じだといっても過言ではないほど、見る人は共感を覚えるだろう。

文・写真=動物写真家 前川 貴行〈まえかわ たかゆき〉

1969年東京都生まれ。和光高等学校卒業。

エンジニアとしてコンピュータ関連会社に勤務した後、独学で写真を始める。1997年から動物写真家・田中光常氏の助手を務め、2000年からフリーでの活動を開始。世界を舞台に、野生動物の生きる姿をテーマに撮影に取り組み、雑誌、写真集、写真展などで作品を発表している。2008年日本写真協会賞新人賞受賞、2013年第1回日経ナショナル ジオグラフィック写真賞グランプリ受賞。公益社団法人日本写真家協会会員。主な著書に『動物写真家という仕事』など。

 

 

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