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[vol.6] アマゾン熱帯林の民マチゲンガ(2)

三洋化成ニュース No.543

[vol.6] アマゾン熱帯林の民マチゲンガ(2)

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2024.04.11

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文・写真=探検家 関野吉晴

旅程:1973年6~11月 南米、アマゾン

 

熟練の技術で行う狩猟と、安定した供給のある採集

家族そろってだんらんのひと時

 

マチゲンガは狩猟・採集をして暮らしている。男が行う狩猟は、食料の獲得手段として、熟練の技術と労力を必要とする割には効率が悪い。これに対して採集活動は、季節ごとにどこに何があるかを予測できるので、老人や女、子どもたちでも時間をかければ十分できる。大人の男たちも、狩猟、漁労の行き帰りなどに密林の中で見つけたものをその場のおやつにするか、家族の元に持ち帰る。採集の対象は多彩だ。小魚やエビ、カニ、昆虫とその幼虫のほかに蜂蜜も食される。

採集は、女にとって大事な仕事だが、女の仕事はこれだけではない。酒作り、料理、生活用品や衣類の作成、育児、食料・まきの運搬などなど。男たちが狩りから帰るとごろごろと横になっているのと比べて、女たちは日の出から日が出ている間は働き詰めである。

採集は安定した供給を約束してくれる。採集物が逃げ隠れしないのに対して、狩猟の対象となるものはいつも見つかるわけではない。見つかっても捕獲できるかどうかは不確実だ。女の安定した食料の供給があって、初めて男は狩猟に打ち込めるのだ。

 

家づくりをしている様子。木で骨組みを作り葉で屋根を葺く

左:葉で屋根を補修する男性は、ゴロゴロの兄のソロソロ
右:母と娘が敷物を作っている。 家の上では男たちが屋根を補修している

物や食料に固執せず、平等に分け合う争いのない社会

大きな獲物やたくさんの魚が捕れた時には、大勢が車座になって食事をする

狩猟は採集に比べると重労働であるが、彼らがいかに喜々として狩りをするかは、一緒に旅してみるとわかる。彼らにとって重い荷物を背負って歩くことや、カヌーやいかだをこいだり押し上げたりすることは苦痛極まりない。早く前進したい私の意に反して、彼らは午後になると、前進を拒むようになる。もうくたくたになったから休もう、腹が減って動けないと私に訴える。彼らも役者である。いかにも疲れたという表情をする。しばらくは、先を急ぎたい私と早く休みたい彼らとの駆け引きになる。

14時頃に、私がその場での野営の決断をすると、疲れ果てているはずなのに、途端に彼らは生き生きとしてくる。そこに荷物を放り出し、へとへとだと言っていた人間が、弓矢を手に軽快な足取りでジャングルの中に入っていく。嫌な労働をするエネルギーはもうないが、狩猟のためのエネルギーは別物なのだ。

彼らは、捕ってきた獲物は平等に分ける。動物を解体して料理すると、料理を持ち寄り、男と女は別々に車座になって一緒に食べる。誰かがたくさん食べたり、いい部分を独占したりすることはない。

マチゲンガの人たちの物の動きを見ていると、私たちの社会とかなり違うことに気付く。物が、必要としている人に行き渡るのだ。誰も物に固執せず、その時必要がなければ欲しがっている人にあっさり譲ってしまう。同じ村の中で、たらふく食べている人がいる一方で、お腹を空かせた人がいる、ということはない。ここのような少人数の集団で独り占めなどすれば、限られた物や食料を巡って争いが起こる。平等に分けることによって、平和な社会を築いてきたのだ。

 

少年の初めての狩り

ゴロゴロ。手前にあるのは彼の手製の矢

長い付き合いのなかで、一番仲良くなったのはトウチャンとカアチャン夫婦の末っ子、ゴロゴロだ。1歳の頃から見ている。赤ん坊の頃、ゴロゴロは私と目が合っただけで泣き出し、母親の背中に隠れていた。けれどもマチゲンガでは、甘やかされるのはほんの赤ん坊の頃だけだ。2歳になると、ナイフで遊んでいても誰も止めない。けがをしながら、ナイフの使い方を覚えていくのだ。

6歳になると身辺のことは自分でできるようになり、10歳を過ぎると一人で森に行って獲物を捕るようになっていた。大人たちは誰も、手取り足取り教えない。ゴロゴロは父や兄たちに付いて行って、みんなの動きを観察し、小さなナイフと手作りの弓矢で獲物に立ち向かい、失敗を繰り返して学んでいく。誰もゴロゴロを子ども扱いしない。彼らには子どもをあやす幼児語はない。幼児から一人前に扱うのだ。

一度、ゴロゴロの狩りに付いて行った。自分で作った弓矢を片手に、森に入っていく。狙いはケンツォリというウズラ大の鳥だ。

鳴き声が聞こえた。ゴロゴロは私に音を出すなと指示した。近付いたと思ったら、移動して鳴いている。その日は収穫なしだった。兄たちから、朝早く行くといいよとアドバイスを受け、再び森に入った。確かに鳴き声が多い。しかし、近寄ると逃げてしまう。この日も収穫がなかった。

 

しばらくしてゴロゴロが再び森に行くと言うので、また付いて行こうとすると制止された。私の履いている靴がうるさいと言うのだ。どうせまた捕れないだろうと思って待っていた。かなり時間が経ってから、ゴロゴロが獲物を手に戻ってきた。うれしいだろうに、ぶすっとした表情で母親にケンツォリを渡して、自分のベッドでふて寝してしまった。彼は大人たちが獲物を捕ってきた時に倣って行動したのだ。獲物を捕ってきた者が威張ると、他の者が負い目を感じ、借りができたように感じてしまう。それを防ぐために、獲物を捕ってきた者はふて腐れ、申し訳ないような態度を取る。

彼らの社会は物質的に平等なだけでなく、心理的な平等も大切にしているのだ。本当はうれしくて仕方のないゴロゴロは、夜になると我慢できなくなって、捕れた時の様子をうれしそうに話し始めた。

 

木でやぐらを組み、解体したイノシシを燻製にする。
アマゾンでは肉がすぐ腐ってしまうが、15~20時間 ほどいぶすと、1週間ほど保存できるようになる

 

弓矢で魚を捕らえた。
川の浅い場所なら弓矢で魚が捕れる

 

関野 吉晴〈せきの よしはる〉

1949年東京生まれ。一橋大学在学中に同大探検部を創設し、アマゾン全域踏査隊長としてアマゾン川全域を下る。1993年から、アフリカに誕生した人類がユーラシア大陸を通ってアメリカ大陸にまで拡散していった約5万3千kmの行程を遡行する旅「グレートジャーニー」を開始。南米最先端ナバリーノ島を出発し、10年の歳月をかけて、2002年2月10日タンザニア・ラエトリにゴールした。「新グレートジャーニー 日本列島にやって来た人々」は2004年7月にロシア・アムール川上流を出発し、「北方ルート」「南方ルート」を終え、「海のルート」は2011年6月13日に石垣島にゴールした。

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