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野生の内面を写し出す

動物写真家 前川 貴行

野生の内面を写し出す

2018.05.20

写真=本間伸彦

動物写真家 前川 貴行〈まえかわ たかゆき〉
1969年東京都生まれ。和光高等学校卒業。エンジニアとしてコンピュータ関連会社に勤務した後、独学で写真を始める。1997年から動物写真家・田中光常氏の助手を務め、2000年からフリーでの活動を開始。世界を舞台に、野生動物の生きる姿をテーマに撮影に取り組み、雑誌、写真集、写真展などで作品を発表している。2008年日本写真協会賞新人賞受賞、2013年第1回日経ナショナル ジオグラフィック写真賞グランプリ受賞。公益社団法人日本写真家協会会員。主な著書に『動物写真家という仕事』など。

 

『三洋化成ニュース』2015年初夏号(№490)から2018年春号(№507)まで、3年にわたって、表紙・巻頭で「生命を巡る旅」を連載してくださった、動物写真家の前川貴行さん。日本をはじめ、北米、アフリカ、アジア、中米、オセアニアなど世界各地で、野生動物たちの生きる姿を撮り続けています。毎号の表紙を飾った動物たちとの思い出や、野生動物に惹かれる理由、自然と向き合う姿勢などについて伺いました。

畏怖と表裏一体の魅力

--3年間、「生命を巡る旅」の連載、お疲れ様でした。いつも『三洋化成ニュース』が届くたびに、表紙はどんな動物かなと、楽しみにしていました。

子ども向けの写真集や図鑑も多く手がけているのですが、『三洋化成ニュース』は読者が大人で、ビジネスパーソンも多いと聞いていたので、大人に興味を持ってもらえるように動物の生態や、すんでいる環境、独特の動きなどを伝えるようにしていました。毎号、出来上がった表紙を見て「この写真をこう使うのか」と新鮮に思うこともありましたよ。

-- 連載第1回は、ホッキョクグマですね。前川さんにとってどのような動物なのですか。

ホッキョクグマはとても思い入れがあり、2度取材に行っているんです。初めてクマを見たのは動物写真家の田中光常(こうじょう)さんの助手をしていた時代、休みを取って初めてアラスカに行った時のこと。その頃から動物写真家になりたいと思っていたのですが、生まれて初めて野生のクマと間近に接した時は、ものすごく怖かったですね。体がしびれるような、本能からの恐怖を感じました。この時はライフルを持ったガイドと一緒でしたが、動物を撮影する時には一人で行かなければならないことも多いんです。動物写真家として先に進むには、クマを克服する必要があった。そのために、まずはクマを撮らなければという使命感がありました。そうしたなかで、クマの仲間であるホッキョクグマを撮ろうと思ったんです。

  カナダ・ハドソン湾に生息するホッキョクグマ    (『三洋化成ニュース』№490)

-- 動物カメラマンとしての最初の被写体が、ホッキョクグマだったのですね。ところで、前川さんはどのようなきっかけで動物カメラマンになったのですか。

もともとエンジニアとして会社勤めをしていましたが、自然のすばらしさに惹かれ、その時の思いを写真に残すようになりました。そんな時、動物写真家の星野道夫さんの写真展を見て、動物写真家になることを決意しました。星野さんは僕が助手をさせていただいた田中さんのお弟子さんでもあるんです。

-- 星野道夫さんは、1996年にクマに襲われて亡くなっていますね。怖いとは思われませんでしたか。

大きなクマを見ると、もうとてもじゃないけど太刀打ちできないという、畏敬(いけい)の念を感じますね。アラスカでは、体重が400~500キログラムあるようなクマを目の前で見ました。毛むくじゃらで顔がでかくて筋骨隆々で、毛皮の下の筋肉の動きが手に取るようにわかって、そんなのがこっちに向かってズンズン歩いてくるんですよ。怖いんだけれども、でも、そばで見ていたいという、複雑な心境になります。僕にとって自然は、恐怖や畏敬の念を感じさせるもので、決して人間を癒やしてくれるだけのものではありません。クマはその象徴だと思っています。

-- 動物園にいるクマとは、全く違う存在感を持っているのでしょうね。万が一の時のためにガイドさんがライフルを持っているといっても、できれば使いたくないですものね。

ライフルやクマ除けスプレーがあったとしても、一瞬ひるませて逃げる隙をつくるというだけで、安全に逃げ切れる保証はないんです。逆に動物を刺激してしまい、怒って反撃してくる可能性もあります。僕は動物に接する時はいつも、最悪の時は仕方がないと覚悟を決めて臨んでいます。動物に限らず、自然の中は常に危険に満ちていて、容易に人が近付けない。だからこそ、人間は自然に惹かれるのだと思います。

心が通じ合っているような動物たちとの思い出

-- この写真は(『三洋化成ニュース』№497)、クマがくわえている鮭から、ちょっとイクラがはみ出ていますね。躍動感があふれています。

クマが鮭を食べている姿はとても面白くて、ずっと見ていたかったですね。これは北海道ですが、川で大きな鮭を簡単に捕まえて、皮を噛みちぎって食べて、足でグイッと押してピュッと飛び出したイクラをペロペロとなめ取ったりして。頭や骨を、ガリガリ、バキバキ音をさせて噛み砕いている音が間近に聞こえるんです。とにかくおいしそうに食べるんですよ。自分もクマになってこんなふうに鮭を食べたら、うまいんだろうなと。

-- 鮭やイクラなら、私たちも味がわかりますものね。長く見ていればいるほど、動物の新たな魅力に気付きそうですね。

親子のクマがじゃれ合っているのを見ると、すごく楽しいですよ。子グマは可愛いし、親グマからは子どもへの優しさや愛情を感じ取ることができます。どこか自分たちとつながっているところがあると感じます。

-- 私は、この笑っているような顔のウリ坊(『三洋化成ニュース』№498)が一番好きなんです。文章を読んで、母イノシシの子育ては、あまり優しくなくて大人になるまでに死んでしまう個体が多いということを初めて知りました。でも、子イノシシが全て生き残ってしまったら、自然が変わってしまうのだと知って、ドキッとしたのを覚えています。

それぞれの土地で生きられる動物のキャパシティーは決まっていますから、イノシシが増えすぎると、その土地の環境が破壊されてしまいますね。この写真を撮影したのは兵庫県の六甲山という、市街地に近い山の中で、増えすぎたイノシシが街に出てきてしまうことも多いんです。母イノシシの姿からは、厳しさと優しさの両面が感じられますね。子どもの見つけた食べ物を横取りしてしまうこともあれば、子どもを横たわらせてグルーミングしていることもあります。

-- 前川さんの写真の動物たちは、何か語りかけてくるものがあるように感じます。ファインダー越しに、動物が何かを訴えかけてくるように感じることはありますか。

「目の前の動物と自分が今、同じ気持ちでいるのでは」という錯覚のようなものを感じることは多いですね。ある時、アラスカで興奮している若いクマと5メートルくらいの距離で鉢合わせしてしまったことがありました。襲ってきたらクマ除けスプレーをかけようと身構えて、目と目を合わせていると、相手が僕を襲おうかどうしようか考えているなと、一瞬でわかりました。何か、意思が通じているように感じましたね。その後、すぐクルッと後ろを向いて去っていってくれました。

-- 襲われなくて良かったですね。クマも、「この人間を襲ったら厄介なことになりそうだ」と思ったのかもしれません。ゴリラなどの類人猿は、より人間と近くて気持ちが通じやすそうに思います。

ゴリラといえば、オスのゴリラの近くで撮影していたら、赤ちゃんを抱いたメスのゴリラが50センチメートルくらいのところにぬっと出てきたことがありました。「チャンスだ」と思って撮影していると、母ゴリラにグッと腕をつかまれたんです。「まずい」と思って、撮影を止めてカメラを下ろすと、ゴリラも手を放してくれました。少し後ずさってしばらく待つとリラックスしだしたので、また写真を撮り始めました。つかむ力加減もすごく絶妙なあんばいでしたね。「撮るのはいいけど、近すぎるよ」と言いたかったのかもしれません。

-- それは、攻撃というわけではなく、「ちょっと待ちなさいよ」という感じだったのですね。

もしオスのゴリラだったら、殴られていたと思いますね。ゴリラの赤ちゃんが寄ってきて服の裾を引っ張ったりして、可愛いんですけど、親が怖いんですよ。なでようと手を出したりしたら親のゴリラが怒るから、絶対に触らず、じっとしていなければならないんです(笑)。

ゆっくりと近付き、謙虚な気持ちで接する

-- 前川さんの写真の動物たちは、とても自然な表情をしているように思います。動物に警戒心を抱かせないコツは、あるのでしょうか。

言葉で気持ちを伝え合うことはできなくても、地球にすんでいる生き物同士、何かつながっているものがあるのではないかという思いが根底にあります。「敵じゃないよ、危害を加えることはしませんよ」という気配を出しながら、遠くから徐々に近付いていきます。なんとか機嫌を損ねないで、近付かせてもらって写真を撮らせてもらおうと謙虚な気持ちでいれば、たいてい放っておいてくれることが多いですね。ゆっくり少しずつ近付いて、相手がこちらを気にするそぶりを少しでも見せたら止まってじっと待つんです。リラックスしだしたら、また少しずつ近付く。

-- 「だるまさんが転んだ」のようですね。動物の自然な表情を引き出すには、どのようにされているのですか。

意識して動物の内面を引き出そうと思っても無理なので、自分ができるだけ素の状態で動物に近付いていって写真を撮ることで、動物の素顔がにじみ出てきてくれるのが、いいんだろうと思います。僕の写真を見てくれた人に、「安心した表情をしているね」「動物の気持ちが表れているね」と言ってもらえると、そうなのかなという気はします。

-- 動物に出会うまでや、撮らせてもらえるようになるまでは、長い時間がかかりそうですね。

特にカモシカの撮影では、長い時は5時間くらい密着して山を歩きます。カモシカを見付けたら15メートルほどの間隔を空けて、逃げられないように付かず離れずの距離を保ちながら付いていくんですよ。やぶの中では木の葉や枝などが邪魔になり、シャッターチャンスもあまり多くないので、姿がはっきりと見える「抜け」の良いところが運良くあれば、シャッターを押します。カモシカは、動物写真家としての僕を鍛えてくれる動物です。

-- そんなに長時間付いていくと、カモシカも前川さんのことを気にしていそうですね。この表紙のカモシカは、好奇心を持ってこちらを見ているような感じで、優しい表情です。

カモシカも僕が付いてきていること、敵ではないことがわかっているから、こちらを見ているような表情が撮れてもおかしくないと思います。カモシカは地域で保護活動がされていて、個体識別のために名前が付いているんです。生まれた子どもは、最初に見付けた人が名付け親になれるんですよ。僕もある子に「パール」と名前を付けさせてもらいました。ある時、地域の人から、「パールの姿が最近見えない」と連絡をもらい、心配していたんですが、現地に行ったら再会できてほっとしました。

-- 以前に撮影した動物に再会したら、わかるんですか。

顔に特徴のあるヒグマがいて、翌年同じ場所に行ったらもう一度会えたということがありました。ゴリラも一頭一頭の区別が付きやすいんですよ。日々、点々と移動しながら寝場所を替えているので、たまたま再会できた時はうれしいですね。

下北半島に生息するニホンカモシカ (『三洋化成ニュース』№502)

動物の自然な表情と気持ちを写し出す

-- 動物以外の写真も、撮影されるのですか。

アラスカではエスキモーの人たちの暮らしぶりや、風景を撮ったりすることもありました。動物写真家という肩書を持ってはいますが、そこに縛られたくないと思います。ただ、例えば人物を撮るのが上手なカメラマンは、相手の内面がにじみ出るような写真を撮ることができます。僕は、人物に関してはどうすればいい写真が撮れるかよくわかりませんが、動物に関してはその迷いがなく、自然に撮れるんです。

-- そういうものなんですね。次にどの動物を撮影するか、どんなふうに決めるのですか。

依頼を受けることもありますが、ほとんどフィーリングで決めます。どんな生き物なんだろう、見てみたいなと思ったら、写真が売れるかわからなくても、とにかく現地に行きます。ちゃらんぽらんな性格で、あまり細かく計画してから行動するタイプではないんですよ。撮影に向かう前も、あまり下調べしすぎず、間近で接して体得したイメージを大切にするようにしています。現場に行かないとわからないことが往々にしてあるんですよ。

-- 撮影の時に、危険な目に遭うことはないですか。

崖で命綱を付けて撮影したこともあります。楽な現場よりも、そのような場所で気持ちをヒリヒリさせながら臨む方が面白いですね。そのためには、体力や筋力の維持も大切だと、最近では感じています。特に動物写真は、命を懸けて撮っているかどうかがわかってしまいやすいジャンルだと思います。

-- これからも、ギリギリのところまで勝負されると。

そういう仕事を継続していけば、振り返ってみた時に、しっかりしたものになっているのではないかと思っています。

-- 次に撮影したい動物は何ですか。

イルカやクジラを撮りたいと思っています。イルカは伊豆七島の御蔵島で素潜りで撮影したんですが、撮っていると寄ってきて自分の周りをぐるぐる回って、とにかく楽しくて仕方がないんです。初心に帰ってニコニコしながら撮っていましたね。陸上の動物を撮り始めて20年近くになり、どこかでちょっと行き詰まりを感じていた部分があったんですが、イルカを撮ることで陸上動物にもリフレッシュした気持ちで向き合えるようになりました。
潜る前には必ずストレッチをして、終わったら筋トレをするようにしています。まだ水中で思い通りに移動できないので、まずは潜る技術を身に付けなければならないですね(笑)。

  伊豆七島の御蔵島周辺に年間を通じて暮らす  ミナミハンドウイルカ

-- イルカをどんなふうに撮られるのか、とても楽しみです。本日は、ありがとうございました。

と き:2018年3月14日
ところ:東京・日本橋の当社東京支社にて

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