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碁盤の上に、バランスと調和を

碁棋士 吉原 由香里

碁盤の上に、バランスと調和を

2018.07.19

写真=本間伸彦

囲碁棋士  吉原 由香里〈よしはら ゆかり〉Yukari Yoshihara

1973年東京都生まれ。旧姓は梅沢。日本棋院東京本院所属、六段。故加藤正夫名誉王座門下。慶応義塾大学卒。6歳で囲碁を始め、1995年に女流棋士特別仮採用試験(プロ試験)合格。2007年に第10期女流棋聖戦で初のタイトルを奪取する。2010年から、慶応義塾大学特別招聘講師。また、テレビ番組での対局の解説、漫画『ヒカルの碁』の監修、囲碁普及プロジェクト「IGO AMIGO」幹事など、国内外で囲碁の普及活動に力を注ぐ。監修本『女性のための囲碁の教科書』など囲碁の入門書を多数手がけるほか、『プレッシャーに負けない』など。

 

 

女流囲碁棋士の吉原由香里さんは、若い世代や女性にも囲碁に親しんでもらいたいと、囲碁の普及活動に取り組んでいます。1999年には、監修した漫画『ヒカルの碁』が囲碁ブームを巻き起こし、現在の囲碁界を牽引(けんいん)する若手棋士の輩出に貢献しています。活躍の場を広げる吉原さんに、プロ棋士になるまでの苦難の道のりや囲碁から学んだこと、囲碁の楽しさや魅力について伺いました。

シンプルゆえに奥が深い陣取りゲーム

--今日のインタビューにあたって、吉原さんの監修された漫画『ヒカルの碁』を読みました。『ヒカルの碁』をきっかけに囲碁を始めた人も多いのでしょうね。

当時は囲碁ブームが起こり、入門教室や大会に参加する子どもの数も増えました。今の若いプロ棋士のなかにも、この漫画をきっかけに、興味を持って囲碁を始めた人がいます。囲碁界が盛り上がり、とてもうれしかったです。

-- 恥ずかしながら、私は今回のインタビューまで囲碁のルールを全く知らなくて、オセロとの区別もつかないくらいだったんです。オセロは石を置ける場所が決まっていますが、囲碁はもっと自由なのですよね。

一部の例外を除いて、石はどこに置いてもいいんですよ。黒と白にわかれて交互に打ち、より広い領域を囲めた方が勝ちです。例えば、ペンで丸を書いたら、その中が自分のテリトリーみたいになるじゃないですか。囲碁は、ペンで線を引く代わりに石で囲むようなものなんです。あまり大きく囲もうとすると、相手も負けじとその中に入ってきて、陣地の取り合いが起きるわけです。

-- より広い陣地を取れば勝ち、ということですか。意外とシンプルなんですね。

そう思えば簡単なんですが、これがなかなか勝てないんですよ(笑)。

-- 吉原さんが囲碁に出会われたのはいつ頃ですか。

父が「6歳の6月に始めた習い事は長続きする」と聞き、小学1年生の私に囲碁を始めさせたことがきっかけです。でも、最初はよくわからないし、あまり興味がなくて。近くにできた囲碁教室にも行き始めたのですが、父が囲碁教室の帰りに、キャラクターグッズのお店に連れていってくれるのが目当てでしたね(笑)。

-- 小学校低学年の子どもなら、そんな感じかもしれませんね(笑)。教室に通ううちに、囲碁の面白さを感じるようになったのでしょうか。

そうですね。ある時、教室で先生が出してくれた問題が、私一人だけ解けなかったことがあるんです。それがもう強烈に悔しくて、意地でもわかってやると思いました。その頃から、少し囲碁との向き合い方が変わったように思います。負けず嫌いだったんでしょうね。

-- 囲碁の勝ち負けがはっきり出るところが、吉原さんに合っていたのかもしれませんね。お稽古事は中学生くらいでやめてしまうことも多いですが、囲碁を続けられたのはなぜですか。

囲碁をやっている子どもは少ないので、周りの方がすごく親切にしてくれるんですよ。がんばって対局に勝つと、「すごいなあ」「由香里ちゃんは将来、プロになるのかなあ」って褒めてもらえるんです。そうすると父がとてもうれしそうで、それを見ると私も幸せに感じて。いつの間にか、父が私を強くすることに、どんどん夢中になっていったんです。

-- お父さんは、可愛い娘さんの成長が楽しみだったでしょうね。小学生にとって、両親や学校の先生以外の大人が見守ってくれるという場は、なかなかないかもしれません。

碁会所で大人たちに混じって対局、8歳頃

尊敬する師匠に出会いプロ棋士を目指す

--小学生から中学生にかけて、さまざまな大会に出場し、結果を残されていますね。プロになろうと決めたのはいつのことですか。

中学2年生で、通っていた碁会所の席亭さんを通して加藤正夫先生に出会い、弟子にならないかと声をかけていただいた時です。それからは毎日、学校帰りに先生の家や養成機関に通って、打った碁を見てもらったり、兄弟子たちと対局をしたり、プロの対局を見学したりしながら、プロを目指しました。これ以上ないくらい恵まれた環境でした。

-- 加藤先生は、どんな方だったのでしょうか。吉原さんは先生から、どんなふうに学ばれたのですか。

加藤先生は2004年に亡くなられたのですが、名人というタイトルを取ったこともある超一流のプロです。対局では勝つこともあれば負けることもあると骨身にしみていらっしゃるので、戦績で叱られたことは一切ないですね。先生と私とは、会社で言えば社長とインターンのようなもの。視野や視点、情報量、世界観に大きな差があるので、見えているものが全く違うんです。先生の一言は何より勉強になり、今でも心の中に残っています。

-- 『ヒカルの碁』の中でも、主人公のヒカルが、自分の碁の中に、囲碁を教えてくれた人の存在を見付けるシーンがあり、とても印象的でした。

私も同じで、兄弟子などに「由香里ちゃんらしい碁だったね」と言ってもらえるような碁には、先生の打ち方を感じることが多いんです。大好きな師匠だったので、自分の碁に先生の碁を感じると、とても幸せです。棋士にはそれぞれ棋風があるのですが、先生は相手の石を攻めることを得意としている棋風で、穏やかに自分の陣地を囲って勝ち切るよりも、相手の石を狙って攻める、ファイターのような碁を打つ方でしたね。今でも、その考え方の根幹は私の中に残っていると思います。

狭き門を目指して血のにじむ努力を重ねる

-- プロ棋士を目指しても、全ての人がプロになれるわけではないのですよね。プロ棋士になるまでに、どのようなご苦労があったのでしょうか。

まず、中学2年生でプロを目指すというのは、かなり遅いんです。プロになる試験は通常の試験が年に1回、女性のみの試験が1回あります。プロを目指して日本棋院に所属している子どもたちを院生というんですが、当時は40人くらいいて、さらに外部から試験を受ける人もいました。そのなかから合格するのは、年によりますが2〜4人。私は中学2年から大学1年まで、5年ほど院生としてプロ試験を受け続けました。

-- プロになるために、必死に勉強している人たちばかりのなかで、抜きんでなければならない。厳しい世界ですね。

なかなかプロ試験に合格できず、だんだんマイナスの未来ばかり想像するようになり、試験を受けることが怖くなってしまいました。大事な対局があると、電車の中で何度もおなかが痛くなるんです。対局に行くのも辛くなり、プロになるなんて私には一生かかっても無理だと思いました。18歳までという年齢制限があるので院生もやめなければならず、打つのを本当にやめてしまっていた時期もありました。

-- そこからもう一度、囲碁をやろうと思われるのには、相当な決意をされたのではないでしょうか。どんなきっかけがあったのですか。

大学3年の時、父が亡くなり、自分を見つめ直したことです。「父が喜ぶから碁をやってきたけれど、本当は、私は何をしたいんだろう?」と。その時に、自分の心と向き合って、これまで楽しかったこと、悔しかったことなどを一つひとつ思い返してみると、自分が感情を揺さぶられてきた出来事が、見事に全部、囲碁につながっていると気付きました。悔しいことは嫌だけれど、だからこそ喜びもある。囲碁って自分にとってすごく大切なんだなあと感じました。またその頃、タイトル戦の司会の仕事をいただいて、プロ同士の対局の解説の聞き手をするようになりました。目の前の自分の対局ばかりでなく、夢見ていた世界を見られたことで、改めて囲碁の世界が好きだなと思ったんです。

-- それを機に、取り組み方が変わられたのですね。

もし神様がいるとしたら、これまでの私を見ていて、プロにさせたいかなと考えたんです。すると「いや、まだ駄目でしょう」と(笑)。そこで、プロになるために自分にできる最大限の努力をして、結果がどうであれ、努力できた自分を褒めたいと、吹っ切れたんです。この時は、寸暇を惜しんで、全ての優先順位を碁に注いで必死に勉強しました。じんましんが出たり、ギリギリの体調でがんばっていました。本当に自分でもよくやったなと思います。大学4年で、とうとうプロ試験に合格することができました。

-- 辛い道のりでしたが、努力が実ったのですね。

母は泣いて喜んでくれました。先生も、兄弟子たちの前でとても喜んでくれていたと聞きました。父には、嫌がる私によく囲碁をやらせてくれたなあと、感謝しかありません。そう思えるまでには時間がかかりましたけれどね。

-- 多くの方が見守ってくれていたのですね。

大局的な見地に立って自分らしく決断する

-- 「駄目」「布石」「結局」「一目置く」など、日常で使う言葉が実は囲碁に由来していると知り、驚きました。囲碁はどのような歴史があるのでしょうか。

中国で3〜4千年前に生まれて、1500年ほど前に日本に伝わり、天皇や上流階級の人々が楽しんでいたといわれています。正倉院には聖武天皇が愛用したといわれる碁盤があるんですよ。戦国武将にも好まれて、徳川家康も囲碁が好きだったそうです。

-- 現代の企業の経営者にも、囲碁をする人が多いと聞きます。

囲碁は大局的に柔軟に戦況を見極めながら、どこに利益を得ていくか、どこを捨てるか判断するのが重要です。一度置いた石は動かせないので、追い込まれたら新たに道を作らなければなりません。それが経営に近いと言う方もいらっしゃいます。

-- 囲碁の場合は、ここが取られてしまっても、こちらを取り返せばいいということがあるんですね。

その通りです。囲碁は陣地が多い方が勝ちなので、トータルで勝てばいいんですよ。ある決断がプラスになるか、マイナスになるかわからないなかで、次の決断を迫られる、その連続です。一見マイナスの手でも、後でプラスになるきっかけになることもあります。さまざまな選択肢を考えて、自分らしく決断していくことが大切です。人生とも似ているかもしれませんね。

-- 囲碁の打ち方は、子どもと大人とでは違うのですか。

子どもはどうしても大人に比べて視野が狭く、部分では割と強くても、全体を見ることがなかなかできません。でも、最初から全体を見るのは難しいので、まずは足りないところに目を向けるのではなく、できることを行っていけば十分。少しずつ視野を広げて、さまざまな手を考えていけばいいと思います。

-- 将棋は最初から駒が並んでいて動きも制限がありますが、囲碁はどこに置いてもよくて自由な感じがするので、逆にどこに置けばいいのか、迷ってしまいそうです。

よく初心者の方も「ここに打っていたのに、どうして急にあっちに打つの?」とおっしゃいます。囲碁はバランスや調和が大事なゲーム。部分として良い手でも、全体を見た時にそうではないことがあるので、そこが難しいところです。

若い才能とAIが囲碁の未来を切り開く

-- 家庭や保育園・幼稚園、小中学校などで、子どもの頃に囲碁との出会いの場があるといいですね。

そうですね。息子の通っていた保育園で将棋が流行ったことがあって、将棋ができるなら囲碁もできるだろうと思い、1時間ほどいただいて教えに行ったことがありました。その子どもたちが小学校に上がった時、大勢が囲碁クラブに入ってくれたそうです。

-- やはり、囲碁の人口を増やす種まきが大切ですね。将棋では現状、「棋士」は男性だけで、女性の「棋士」はまだ出ておらず「女流棋士」という枠で戦っていますね。囲碁ではどうでしょうか。

囲碁の段位は男女共通です。男性と日常的に対局し、女性が勝つことも多いので特にニュースにもなりません。ただ、男性と一緒のタイトルを取った女性棋士はいませんね。女流のタイトルを取って、満足してしまっているのかもしれませんが、少し残念です。

-- これからの若手に期待したいですね。囲碁の世界では、AIとの戦いもよく話題になります。

AIは、もう戦う相手ではないですね。AIは緊張しないし、30分から1時間かかる一局を10秒で終わらせてデータを蓄積していきますから、人間が勝つのは無理です(笑)。今は、棋士たちがAIの感性を身につけて、対局に活かし始めています。今までなかった新しいやり方や、悪手とされてきた手の新たな見方を示してくれる一方で、昔から伝わってきた定石も打ってくれるんですよ。私たち棋士が何千年もやってきたことを、AIも同じように打つのはうれしいです。またトッププロの対局はこれまで級位者が形勢の良しあしを判断することは難しかったですが、それをAIを用いることでわかるようになったりと、新たな楽しみも生まれています。

2016年、第19期女流棋聖戦の対局の様子

気軽に囲碁をやってみてほしい

-- 井山裕太七冠が国民栄誉賞を受賞されました。子どもに囲碁をやらせたい親が、増えていくのではないでしょうか。

そうですね。囲碁を習わせる親御さんは、「集中力や落ち着きを身につけさせたい」と考えての方が多いようです。特に男の子は勝負ごとに夢中になりやすいので、勝つために必死になっているうちに、落ち着いて座っていられるようになるそうです。また、囲碁で成長した経験をもとに自信が持てるようになり、さまざまなことに積極的に取り組むようになったというお子さんもいます。

-- 囲碁を全くやったことがない人は、大人でも多いと思います。もっとたくさんの人に、囲碁にチャレンジしてほしいですね。

そうですね。カラフルな碁盤や碁石、囲碁パズルなど、手軽に遊べるものも増えています。ぜひたくさんの人に、囲碁の楽しみを知ってほしいです。

-- 囲碁の魅力は何ですか。

どれだけ強くなっても新しい世界が見えることと、素晴らしい仲間に出会えることです。私にとって、囲碁で出会った人たちはかけがえのない仲間で、貴重な財産。子どもの頃からともに修業をして同じものを目指し、深い付き合いが一生続いているんです。また、囲碁は一対一で勝敗が明確に決まるゲームなので、勝ったり負けたりという強烈な経験ができます。対局で勝った棋士が大げさに喜ぶことをしないのは、負ける辛さを知っていて、相手をいたわる気持ちがあるから。対局が終われば、一つひとつの打ち手について検討し、どこが良かったのか悪かったのか、仲良く感想戦をします。この経験は、心の成長につながると思います。

-- ルールを教えていただいたので、私も打ってみたいと思います。本日は、ありがとうございました。

 

と き:2018年3月23日
ところ:東京・市ヶ谷の日本棋院東京本院にて

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