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[vol.1] 鉄道が持つゆるさや旅情を写す「ゆる鉄」

三洋化成ニュース No.520

[vol.1] 鉄道が持つゆるさや旅情を写す「ゆる鉄」

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2020.06.12

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文・写真=鉄道写真家 中井精也

僕が見せたかったのは、夏の色彩。1/8秒の低速シャッターで流し撮りした南阿蘇鉄道(熊本県)

 

皆さんこんにちは。新しく連載を始める鉄道写真家の中井精也と申します。僕は世界中を旅しながら鉄道の撮影をしていますが、僕が撮影する鉄道写真は、今皆さんの頭に浮かんでいる「鉄道をアップで写した写真」とは少し違います。もちろん車両そのものも撮影しますが、僕が撮影しているのは、「ローカル線に乗っている時に誰もが感じるゆる〜い雰囲気」や、「鉄道が持つ旅情」などを主題とした作品です。僕はそんな作品を「ゆる鉄」と名付け、ライフワークにしています。

 

上の作品は、熊本県を走る南阿蘇鉄道で撮影したもの。列車とカメラの動きをシンクロさせるように振る「流し撮り」という手法を使って、僕が伝えたかった「夏の色彩」を強調しています。ただ鉄道の車両や風景をそのまま撮るのではなく、自分が撮影地で受けた感動を、写真を通して伝えたいと常に考えています。この作品から夏の田んぼを渡る風を感じてもらえたら…とてもハッピーなのです。

 

目に見えないモノを写真に写したい!

「ゆる鉄」の被写体は、ローカル線のゆる〜い雰囲気や、鉄道が持つ旅情だと言いましたが、「雰囲気」や「旅情」は、肉眼では見ることができません。そして僕たちが写真を撮るために使うカメラは、目の前に存在するものしか写せない機械です。その機械を使って、いかに「雰囲気」や「旅情」という目に見えない被写体を撮るか、正確に言えば、写真からそれらを感じてもらえる作品を撮れるかが、この「ゆる鉄」作品の難しいところであり、面白いところでもあるのです。

サラブレッドの里を走る日高本線。保線員の二人の後ろ姿が、とってもゆる~い一枚。日高本線(北海道)

 

皆さんここで一度本を閉じて、表紙となった写真をじっくりと眺めてみてください。この作品の主役は、ローカル線らしい可愛い踏切と、その上にのんびりと漂う雲です。そこに鉄道の車両は写っていません。僕は踏切を舞台にして、じっと眺めているとゆっくりと流れているように感じる雲を主題にすることで、ローカル線に漂うのんびりとした空気感を表現したかったのです。この作品の最大のポイントは、鉄道の車両を画面に入れなかったことにあります。実は鉄道の車両はとても強い被写体で、それが写っているだけで、ほとんどの人はまず車両に注目してしまいます。そして「これはどこの鉄道だろう?」とか「キハ52形かな」なんて、僕が写真から感じてもらいたくない具体的な情報に気をとられてしまうのです。

その結果、僕の見せたかった雲や可愛い踏切は、目立たなくなってしまいます。それを避けるために僕は、鉄道写真家でありながら、鉄道の車両を構図から外したのです。

 

みんなで列車、楽しいな。流れる車窓に、子どもたちは何を見つめるのか?いすみ鉄道(千葉県)

 

上の作品は千葉県のいすみ鉄道で、体験乗車する子どもたちの後ろ姿を写したもの。子どもたちの視線の先にある車窓には、どんな風景が映っているんだろうというワクワク感や、車両に漂うゆる〜い空気感が写せたような気がして、とても気に入っています。

 

鉄道は人が動かし、人を運ぶもの。だからこそ「人」は、僕の鉄道写真にとってとても大切な被写体です。沿線の人たちの生活感が滲み出るような作品を撮りたいと考えています。

幾百幾千の花びらが舞う。季節の変わり目にだけ出会える、ドラマチックな風景真岡鐵道(栃木県)

 

この見開きページの作品には、ほとんど車両が写っていません。でも、写真を見た時に、サラブレッドが憩う草原の爽やかな香りや、花散らしの風の暖かさ、子どもたちのワクワクした気持ちといった目に見えないものを、感じてくれたらいいなと願いながら、僕はシャッターを押しているのです。

 

写真は撮るものではなく、伝えるためのもの

「もし世界に僕ひとりだけになったら、僕は写真なんか撮らないだろう」これは僕が写真を撮るうえで、大切にしている言葉です。写真を見てくれる人がいるからこそ、僕はシャッターを押す。つまり写真は、「撮る」ものではなく、撮り手の想いを「伝える」ためのものなのです。そんな写真にも、いろいろな力があります。戦争や災害の衝撃的な現場をダイレクトに伝える大きな力。おいしくない料理やキレイでもないモノを、おいしそうにキレイに見せる嘘っぱちの力も、写真の力です。でも僕は、僕の写真を見た人が、優しい気持ちになれるような写真の力を信じています。

 

天使の微笑み ベトナム統一鉄道(ベトナム)

 

この微笑む少女は、ベトナムの鈍行列車で撮影したもの。顔見知りでもない、話したことさえない僕のカメラに気付いた彼女は、ただ純粋に微笑んでくれました。もちろんこれは僕に向けられた笑顔だけれど、僕の写真を通して、見た人全てを癒やしてくれる奇跡の笑顔でもあるのです。

 

世界中の線路際を旅して、僕はたくさんの奇跡と出会いました。この連載の写真を通して、皆さんがほっこりしたり、旅したような気持ちになってくれたりしたら、とてもハッピーです。

 

〈なかいせいや〉1967年東京生まれ。鉄道の車両だけにこだわらず、鉄道に関わる全てのものを被写体として独自の視点で鉄道を撮影する。広告、雑誌写真の撮影のほか、講演やテレビ出演など幅広く活動している。著書・写真集に『1日1鉄!』『デジタル一眼レフカメラと写真の教科書』など多数。株式会社フォート・ナカイ代表。公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員、日本鉄道写真作家協会(JRPS)会員。

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